第7話︰貴方のことを見捨てることなど

 

 俺の名前は西条りあ。

 好きな食べ物は南瓜の煮物、好きな属性は風と炎。特技は正座したままの睡眠とポジティブシンキング。


 殴り倒して気絶したロベリアをじっと見つめて固まっている。


「…………………………ふむ……」


 ロベリアは急所を常に魔法で守っていた。彼女の目、喉、首、あごは彼女の意図しない攻撃を問答無用で止める。

 それゆえ一発殴って気絶させるなんて芸当は不可能だった。そもそも魔眼が無くなった俺の身体スペックはカス以下だ。

 平均より優れている点はただひとつ、魔王を殺した八年間で速めの攻撃に慣れているという一点のみ。『なんにもできない』というロベリアの指摘は的を射ていると評する他ない。


 現に俺はロベリアを何度も殴った。

 教え子の顔を何度も何度も殴って止めるほか、この場の対処を思いつかなかったのである。


「…………………………よし!勝ったっ!!」


 しかし俺は全く気に病むことなく、ガッツポーズを作って喜んだ。


 それも当然。だってロベリアはアリアを殺そうとしていた悪い子だし、アリアの治療を急ぐ必要があったし、そもそも俺は平気な顔をして命を奪えるくらいの人でなしでポジティブ思考が特技なのである。

 体罰に走るのはごく自然なことといえよう。気に病む要素など一つもなかった。


 横たわるアリアの側に駆け寄って、「病院いくぞ」と声をかけると、今にも死んでしまいそうなかすれ声で「邪魔になります置いていってください」との返答が。どうやら先程の失敗でだいぶ凹んでしまっているようである。


 なんて声をかければいいのかわからなかったので、最低限の止血をして、血がぜんぜん止まらなくて、防寒着を着せて抱き上げた。

 十二に戻った本来の体はアリアよりも小さくて、両腕にのしかかる重量感が情けなくって軽く笑った。

 左手がぼきぼきに砕けていたので抱き上げるのが大変だった。


 何故か孤児院の一階には人の気配が全くなくて、できるだけ静かに孤児院を発つ。

 アリアはなんどもうわ言のように、ごめんなさいとくり返している。


 時間は深夜、天気は大雪。吐く息が白くなるくらい冷たい空気。

 空から舞い散る白色の向こう側に半月が煌々と輝いている。


 山を下りて街まで出て、知ってる限りの病院を回ってみる。


「────!?君っ、どこでそんな大怪我を…………ぁあぁあ鬼だ鬼がいるぞおお!!」

「き、きみっ、君が担いでいるのは穢らわしい悪魔だぞ危ないから今すぐ離しなさい!みんなぁ来てくれ鬼が山から降りてきているッッ!!!」


 どこに行ってもこんな感じだった。とても治療を頼むどころではなかった。


 鬼というのはアリアの属する種族である。というか孤児院の子達は大体鬼だ。

 鬼といっても角が生えているわけではない。瞳と髪に妙にきらびやかな色素が混ざっていて人より体が少し丈夫なのが特徴である。

 なにが鬼だよ鬼要素ゼロじゃねぇかと思ったりするが、それはそうとしてこの世界の人間は鬼のことが嫌いだった。積極的に殺しにくるのが一割、近づけば殴ってくるのが三割、残りが見てみぬふりというくらいには大嫌いだった。


 糞みたいな文化があることはわかっていた。誤算だったのは俺自身の変化だ。

 世間に晒していた大人の姿、世界を救った英雄様の姿は魔眼の消失とともに消え失せた。国王様から頂いた膨大な財力も失った。

 以前までならどこの医者でも大金を積んでお願いすれば『他ならぬ貴方の頼みでしたら』と苦い顔をして治療にあたってくれたのである。


『なんにもできないゴミクズ』なんて、ロベリアの言葉が頭を廻る。


「く、糞がぁ……!どいつもこいつも医者のくせに客選びやがって……!コンプライアンスという言葉を知らないのか……!?中世並の文明レベルじゃ基本的人権には思い至れねぇのか馬鹿どもがぁ……!」


 怒りに狂って呟いた。通行人がぎょっと驚きながら通り過ぎていった。

 石橋の下に腰掛けて雪を凌ぎ、少女を抱きかかえ発狂する片目の姿は彼の目にどのように映っただろうか。


 アリアは泣き疲れたのか眠ってしまっていた。

 死んでいないことは確かだし、必死に体温も移しているのだが、少しずつ体が冷たくなっているような気がする。


「ぐぬぬ……適当なとこ殴り込んで無理やり治療させるか……この世界の倫理観ならギリセーフな気がする……」


 時代は暴力。

 どこの病院の警備が薄いか、どこで武器を仕入れていくか、そもそも十二歳の筋力で勝てるのか、子供を殴り倒したからといって自信過剰になっているのではないか。

 様々な疑問に頭を泳がせ、テロの詳細を詰めてゆく。


 石橋の上を歩いている人達だろうか、頭の上から話し声がする。

 母兄弟とおぼしき三人組が、家についてからのご飯について和気あいあいと話し合いながら歩く。少しずつ声が遠ざかっていく。


 無くなった右眼の奥が痛む。左手から飛び出した骨が染みるように痛む。肋にあまり痛みはない。

 太ももからしとしとと流れ出る血が、石畳に赤いシミを作っている。


 一瞬気が遠くなって、十秒かけて意識を戻して、再び俺は瞳を開く。

 アリアの体がさらに冷えていて、知らない女が覗き込んでいた。


「………………あ、おはよう。通りすがりのお嬢様だよ」


 二十代前半の綺麗な人だった。

 彼女は俺の服をまくり上げていた。

 つけられたばかりの奴隷の焼印を興味深そうに眺めていた。


「こんなところで行き倒れてるからなんだと思ったら……やっぱり奴隷か」


 女は服から手を離し、そのまま俺の頭を撫でる。

 陶芸品にでも触れるような、慈しむような手つきでそっと撫でる。

 髪に積もっていた雪が軽く舞う。


「君、このままだと野垂れ死んじゃうでしょ。見捨てることなんてできないよ。私の家で飼ってあげる。その傷の治療もしてあげる。三食と個室を用意してあげる。もちろん最低限の仕事はしてもらうけど、働きがいい日にはおやつをあげよう」


 手のひらは俺の頬へと移った。

 肌と肌とが触れ合ってはじめて体温が伝わってきた。火傷しそうなくらいに熱くて、俺の体がそれだけ冷えているのだと気がついた。


 女は小さく微笑んだ。


「ただし条件がひとつ。君が抱いてるその害虫を君自身の手で刺し殺せ」


 綺麗な装飾の施されたナイフを差し出され、言ってる意味を数秒考え、俺も思わず小さく笑った。

 自身の置かれているこの状況が、なんだかとても馬鹿馬鹿しかったのだ。

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