第4話︰貴女といっしょに夢に向かって

 

 私はロベリア。好きな食べ物は鶏肉のソテーとゼリー。得意な属性は風と炎。

 誰かを傷つけるのが好きだった。泣いている子の頬を殴ったり、気の弱い子を怒鳴りつけたりするのが大好きで、想像するだけで胸が安らいだ。


 これに気がついたのは孤児院に来て最初のお昼ご飯のときだ。

 お昼の十二時の鐘が鳴り、みんなで食堂に集まって、はじめて粥以外のごはんを食べて、はじめてデザートという概念を知った。信じられないくらいの量のごはんを食べた後だというのに、何故かまたお皿が運ばれてきて、しかもそれが透明でぷるぷるな未知の固体だったので当時の私はわけがわからなかった。

 恐る恐る口に含んで、そこで初めて甘味を知って、美味しくて美味しくて感極まって、私は隣の子をぶん殴った。


 その子の泣き声に微笑んでいると先生が慌ててぶっ飛んできた。殴った理由を聞かれたので『デザートが余っていたから』『小さい子で弱そうだったから』と答えると先生は目に見えて狼狽えていて、そんな表情がまた心地いい。


 移動させられた別室にて受けた説明に困惑する。なんと孤児院では強者が弱者に暴力をふるうことが非難に値することだそうだ。『何を言っているのだお前は』とはじめは先生の正気を疑った。

 しかしみんなのもとに戻ってみると、確かに怒りと恐怖が混ざった視線をそこらじゅうから向けられる。殴った子だけなら納得がつくのだが、周りの年長者が謝罪を要求してくるのが理解できない。私は強そうな人達には何もしていないというのに。


 どう表現すればいいのか言葉に悩むが、孤児院は妙な形で秩序立っていた。

 弱者に振るったはずの暴力を強者に咎められ、かといって彼ら彼女らが私を殴り倒すということもない。

 教えられたとおりごめんなさいと口にしてみると、その場は静かに収まりがついて、一週間もしないうちにみんな普通に接してくれるようになった。


 異常で異様で狂った文化で欠片も理解はできなかったが、どちらかと言えば都合がよかった。

 私は暴力を振るわれるのが大嫌いで、鞭を打たれて皮膚が裂ける感覚が他の何より苦手だった。孤児院の狂った秩序の中では、私に暴力が向けられる機会も殆ど無くなっていたのである。

 怒られるのは嫌いだったし、仲間外れにされるのは怖かった。友達と喋って時間を潰すのは中々悪いものではなかった。

 平穏に日々を過ごせるのならばと、私はおかしな倫理を受け入れた。

 算数や歴史や魔法を勉強したり、仲のいい子達と山を登ったりした。


 とても心地よい時間だったけれど、喧嘩している子達をみたとき、年少の子が転んで泣いているのを目撃した時、人を殴れた唯一の感触を自然と恋しく思ったりする。


 そうした緩やかな日々の中、副院長から先生を裏切らないかといった打診を受ける。今よりお小遣いが増えるとのことで二つ返事で引き受けた。


 そうしてやってきた今日、先生の右眼を抉り抜いた。

 先生をたくさん金槌で殴った、先生の脚の肉を刃物で抉った。

 予め仕入れておいた奴隷の焼印を押し付けてみた。

 先生が実は子供なのは驚いたけど嬉しかった。自分より二周りもちっちゃな子を殴るほうが弱いもの虐めを実感できて安心感がある。

 けれども満足度はそこそこ止まりだ。先生は痛みへの反応が極端に薄く、世間話をしながらの虐待になってしまった。血が流れるだけでも楽しくはあるが苦悶の表情が全くないというのは論外である。

 反応の薄さに文句をつけたら痛がる演技を始めやがったし、被虐待児としては三流といっていい。ゴミである。


 それに比べてアリアの反応は最高だ。一発蹴りを入れるだけでも表情が歪む、押し殺した呻き声をあげてくれる。歳は私と二つしか変わらなかったはずだが、彼女もかなり小柄なほうでその点もかなり好感触。

 まあ、痛みに喘ぐのが一瞬で、すぐさま憎しみの視線を向けてくるあたりは頂けないが、それもついさっき対処法が見つかった。


「お前のせいだお前のせいだ先生が死ぬのはお前のせいだっ!!先生は世界を救った勇者なんだっ、ほんとうなら私達は手も足も出なかったんだ!!敵意のないお前だから薬を仕込めちゃったんだぞ、このまま先生はどんどん衰弱して死んでいくんだろうなぁ可哀想に!!何にも悪いことしてねぇよあの人は!殺されるなんて酷すぎる!テメェ一体どう責任とるんだよ、なぁ!!!」


 暴力の勢いを維持したまま、先生に薬を盛ってしまったアリアのミスを言葉で責める。

 言ってしまえばそれだけのことで、『いやお前らが仕込んだことだろ』と開き直られればそれまでの暴論だ。


 しかし効果はてきめんだった。

 もはやアリアの目にさっきまでの殺意はなかった。涙を溢しながらかすれ声を呻き、鳩尾に繰り返し蹴りこまれる私のつま先を力なく横たわり受け入れている。


 瞳に生気がまったくないのがなんだかくすぐったくなっちゃうくらい心地いい。何度も夢に見たゼリーの日が物足りなくなってしまうくらいに甘美な時間が流れていく。


 みんなに暴力を振るうのはきっと今でも許されることではないのだろう。

 仲間外れを殴り刺しても誰からも責められることはなかった。

 相手を間違いさえしなければ、平穏な生活を送ったままに誰かを傷つけてもいいのである。


「お前、先生のこと尊敬してるって言ってたよな!?少しでも先生の役に立つんだって孤児院の仕事を手伝おうとして、先生が帰ってくるときには一番先に出迎えてたよな!?先生はそんなお前のことを疎ましく思ってはいなかったはずだ!!慕われることに喜びはあったはずだ!!そんなお前に出された紅茶にお前にしか作れない薬が入っていたんだぞ!?裏切られた先生の悲しみと絶望をッッ……足りねぇ頭で考えてみろ!!」


 アリアのお腹を蹴り飛ばすこと49回目、彼女の口から赤いものが漏れる。


 極楽ともいえる時間にも終わりが見えてきて、けれども脚の力を抜くことなんてできなくて、思わず泣いちゃいそうになりながら53回目をぶち込んだ。


 と、その時である。


「なにっ……なにやってんだお前……」

「うわっ!?びっくりした誰!?」


 突然後ろから声をかけられ、驚きながら振り返ると、食堂の入り口ところに片目のない少年が立っている。

 見慣れぬ先生の子供の姿、全身傷だらけで今にも死んじゃいそうに呆然と立ち尽くす姿が、なんだかとても可愛らしかった。

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