後編



 

 2月22日。今日は、記念すべきfreaksのスペシャルライブの日だ。国内最大規模の屋内ステージで行われるこのライブは、リアルタイムで全世界に配信される。人気投票前最後のライブということもあってか、その注目度はいつもと段違いに高い。


 この日のために、俺たちは一ヶ月以上前からリハを重ねてきた。freaksはプロアイドルだ。例えグループ内でギスっても、きちんと決めれるだけの実力は持っている......はず。


「できる! 絶対できる! うちが保証する!」

「で、でも............もしそれで嫌われたら?」

「そしたら、また好いてもらえるように努力するんだよ! それが愛ってやつだろ?」

「む、無理だよ。そんなの、あずさ耐えられない」

「大丈夫だ、多分お前は元々そこまで好かれていない。だからーーあ、ちょっと待て。今のは言葉の綾と言うかなんというか。待て。そのヘアアイロンでどうするつもりだ? 挟むのか? 耳を挟むのか? それ多分、かなり痛いぞ?」


 ーーなんか心配になってきたんだが。


 さっきからずっと、楽屋の隅っこであずさと龍虎さんが何やら言い争いをしている。おそらく俺に聞こえないよう声量を落としているつもりなのだろうが、この通りしっかり聞こえているし、あずさに関してはチラチラと俺の方を見ては目を逸らすということを繰り返していて、不自然な態度を隠し切れていない。

 お前は恋する乙女か。


「やるしかない! やるしかないんだよ! お前が莉音を手に入れるんだ!」

「あずさが......莉音ちゃんを............」

「うちにはわかる! 奴はちょろい! ああいう身内に甘いタイプは、案外押せばコロっと行くもんだ。そしたらもう、あとはーーわかるな?」

「ご、ごくり............」


 ねえ、何の話? それ何の話?

 龍虎さんは、何勝手に人のことちょろいだのなんだの言ってくれちゃってるの? 反応してないだけで、普通に聞こえてるからね? 

 やっぱり、この人にあずさを任せたのは失敗だったか。メンヘラに禁句の「できる!」だの、「やるしかない!」だのを連呼してるし、どこか宗教の洗脳に近い何かを感じる。ていうか、それで良いように扱われてるあずさの方がちょろいだろ。いつもの俺の時の面倒くささはどこに行ったんだよ。


「みなさーん、スタンバイお願いしまーす!」


 ーーやばっ! 今はあいつらに構ってる暇はないんだった! 


 今日が票を稼ぐ最後のチャンスなのだ。もういざとなったらマネージャーの件は桜ノ宮に土下座でもなんでもして撤回してもらう覚悟は決めてきたが、それでも、このまま二軍以下の順位でいることは俺のプライドが許さない。育ててくれたマネージャーのためにも、なんとか勝たないと。

 幸い、今日のMCは俺。今日現地に来てくれてるファンも、俺のファンの割合が一番高い。ここで一発盛り上げて、投票してもらわねば............。


「本番5秒前......5......4............」

「ねえ、ちょっと」


 そこで声を上げたのは、さっきまで一人でスマホゲーをしていたレナだった。全員に向けて呼びかけているのかとも思ったがどうやら違うようで、内緒話(丸聞こえ)を継続中のあずさと龍虎さんの前に立っている。


「3......2............」

「さっきから聞いてればさ、『手に入れる』とかなんとか、ちびを物みたいに言うの、やめてくれない?」


 は? そこ?

 てゆうかそれ、今言うこと? 


「1......スタート!」

「は、はあ? 別にあずさ、そんなこと思ってないんですけど?」

「病み女がどう思ってるかは関係ないでしょ。ボクがそういう風に聞こえたって話」


 人気投票の1位争いをしていることもあってか、この二人は所々仲が悪い。基本打たれ弱いあずさも、何故かレナに対しては張り合おうとする。


 あの、俺を取り合ってくれるのは結構なんだけどさ、それ今やることじゃないよね? もうナレーション始まってますけど。


 龍虎さんはニヤニヤしてて止める気がなさそうだし、ヒナは相変わらずカオナシしてるし、これ俺が止めなきゃ行けないの? マジで? このやり取りに入っていくの恥ずかしすぎんか? 俺のために争うなよ、とか、そんなこと言った日には黒歴史すぎてあずさになる気しかしないぞ。

 こんな時、頼りになるマネージャーは裏で人手不足を補うためにあれこれ頑張っているから不在だ。これまでは俺がまとめてたから、それでも問題なかったんだけどーー。


「............せいぜい妹枠のくせに」

「は、はあ? ボクが優しさで美味しい役割譲ってあげたのに、何その態度? あんまり調子に乗んなよ」


 だれかあ、なんとかしちくりー。

 控室の空気が地獄なんじゃよー。あ、やばい。壁越しで聞こえづらいけど、曲流れ始めた。もう出番じゃん。早く出ないと。なんなら、リハではもうとっくに部屋を出てなきゃいけない時間だ。ステージまでは距離あるし。でも、女の子同士の喧嘩の仲裁なんてやったことない。ど、どうしよう。どうすれば。




「ア、アアァ......アアアアアアア............ふ、ふり」




 ..................ヒナ?


「ふ、ふり......す。............くぞー」


 顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で呟かれたのは、多分ーー。


「ふ、ふりーくす......い、いくぞぉー!」


 本人にとっては、精一杯の大声で。


「がおー! しゃっ! うち行ってくるぜ!」


 最初に気づいた龍虎さんがまず、ステージに向かって走っていく。


「あ、あの......私も............がおー」


 次に、ヒナが。


「............今回は約束だから、譲ってあげる。でも、次はないから。負ける気はないよ、ボクは」

「あ、あずさだって!」

「「がおー!!」」


 張り合うように声を出した、あずさとレナが。


「ちょっ! 莉音さん! もう時間ですよ、入ってください!」

「マネージャー」


 なんかさ、最近の俺ダメダメな気がするけど。


 あずさとギスって、レナと龍虎さんには助けてもらって、今回も、ヒナがいなかったらきっといつまでも固まってたけど。それでも、俺はーー。


「見てて」


 マイクの電源をオンにした。

 ここからでも、きっと届く。

 

『みんなぁー! 準備はいいかニャー?』


 壁越しでも伝わってくる地鳴りのようなレスに。


『いっくニャアァァァアアアアア!!』

 

 全力で咆哮する。

 ねえ、マネージャー。情けないことを言います。






 ーー今この瞬間から、本気出す。

 


 

 

 

 ステージに登った俺を出迎えたのは、無数のペンライトと客席を埋め尽くす人の大群だった。

 少し予想外の事故があったけど、盛り上がりは最高潮。平日なのに10倍というアホみたいな倍率をくぐり抜けてここに立っているのは、どいつもこいつも訓練された戦士たちだ。客席から俺たちをサポートしてくれる。


 一曲目のこの曲は、freaksのライブの定番曲。

 

 最初からクライマックスに引き上げてくれるこの曲は、俺たちの十八番にして、頼もしい武器の一つ。出番が狂ったせいでフォーメーションがおかしなことになってるけど、そこはアドリブで合わせて行く。


 できないわけがないよなぁ? みんな?


 そんな俺の問いかけに応えるかのように、四人で踊っていた輪が開いて、俺を出迎えるかのような動きを見せた。当然のように、俺はそれに合わせる。


 1人が2人に、2人が3人に。そうやって増えていった輪は......今、5人揃った。照明はいい仕事してんじゃん。ここで俺に当てるのは分かってるよ。

 

 あずさ、レナ、龍虎さん、ヒナ。4人が今どこにいるのか、何をしているのか、どんな表情で歌ってるか、頭の後ろに目がついてなくても、声で、空気で、感覚で、それぞれ手にとるようにわかる。

 俺たちは今、完全に、完璧に、一致している。


 

 ーーそう、これがfreaks。



 最強にして最高のトップアイドル。

 ローレライだろうがセイレーンだろうが裸足で逃げ出す歌唱力と、ルサールカすら魅了するダンスで全てを圧倒してきた、文字通りの怪物たち。


『『『『 We are freaks 』』』』

 

 バラバラに出て行った俺たちの動きは、まるで最初からそうなると決まっていたように、最後の一音でピタリと決着した。


 一瞬の静寂ーー後に、爆音のような歓声。


『みんなー、ありがとニャー!!』


 勝負のライブが、始まった。





◯ ◯ ◯ ◯ ◯






『まだまだ行くニャー!!』


 しんどい。本当にしんどい。

 マジで俺、このまま歌い続けたら死ぬ気がする。


 なんでライブ始まったばっかの時って、あんなに強気になれるんだろう。毎回毎回、5曲歌った辺りから地獄になるって分かってるのに。


『ボクらはまだまだ上げるよ。みんなも、もちろんついてこれるよね?』


 レナがセリフを引き継いでくれたのを確認して、マイクの電源を切って息を整える。


 マジで死ぬ。マジできつい。


 freaksは今時のアイドルにしては珍しく、というか、こんな狂気の沙汰をやらされてるのは間違いなく俺たちだけだと思うが、ライブでは全曲生で歌う。

 つまり、これがどう言うことかお分かりだろうか? そう、俺たちは口パクしないのである......そもそも口すら滅多に開かない約一名は除いて。これがfreaksが化け物集団と呼ばれる要因の一つではあるのだが、これがまあ、文字通り死ぬほどきつい。どれくらいきついかと言うと、多分子供産むのと同じくらいきつい。産んだことないから知らんけど。


 誰だよ、口パクはダサいから生で歌おうとか言い出した奴。俺だよ。前座の時はほぼほぼ一曲しか歌わないから行けると思ったんだよ。まさかこれが代名詞みたいになって、単独ライブだろうがアンコール含めて20曲近くになろうが歌って踊らないといけなくなるなんて、あの時は思ってなかったんだよ。


『と、思ったけど、最後の曲の前に一旦休憩。MCの時間だな』


 えー、という声に軽く殺意が湧くが、『うちも寂しいぞー』と、笑って流す龍虎さんを見習って、俺もマイクの電源を入れた。


『二回目の質問コーナーだニャー』


 そう、さっき歌った曲で14曲。ここでMC挟んで次の曲がプログラムとしてはラスト。まあ実際はアンコールで後2曲やる予定だから合わせて3曲だけど、ようやくこの終わりのない苦行の終わりが見えてきた。

 帰ったらふかふかのベッド。あったかい毛布と、しばらくのオフ。それだけを希望に、ファンの前では疲れを出さずに空元気を振り絞る。


 と、思ったけど、中々手紙が来ない。


『うんニャー? おかしいニャー? おーい、お手紙届いてないニャ!』


 いつもはここでヒロインズのジュニア組織の『シンデレラ』か、ヒロインズの新人の子が手紙を持ってきてくれるんだけど......トラブったか?


『ーーって、わニャー!?』


 不思議に思った瞬間、会場中の電気が消えた。

 こんなのリハの時には無かった演出だ。つまり、照明関係のトラブル。最悪だ。あとちょっとなのに、ここまで頑張ってきたのに。

 なんとか持たせないとーー。


『び、びっくりしたニャ。みんニャ、すぐに戻ると思うから、今は落ち着いて欲しいニャ』


 幸いなことに、マイクは落ちてない。

 これなら電力関係は無事だろうし、予備回線なりなんなり使ってすぐに戻るはず。俺の仕事は、それまで繋いでお客さんを安心させることだ。


 ーーでも、なんかおかしい。


 具体的には、静かすぎる。あずさもレナも龍虎さんも......まあ、ヒナは別として。この段階になってもなんも喋らないし、お客さんも、急に電気が消えたら普通もっと慌てるもんじゃないか?


 とにかく、状況が分かるまで喋り続けないとーー。


『ーーニャッ!?』


 そう思った瞬間、会場中の照明が一斉に戻った。

 思わず眩しくて目を細める。もう一度目を開けた俺の目に写ったのは............白い、ケーキ?











『『『『ハッピーバースデー! 莉音!』』』』










 

 ........................は?


『え、なにこれ。は?』


 今日って誕生日だっけ? 俺の誕生日は2月22日............そういや、今日じゃん。

 え、でもなんで? そんないきなり?


『いや、なにこれ。は?』


 いや、違うこと喋れよ。俺。猫抜けてんぞ。


『というわけで、今日はうちらの影のリーダー、可愛い猫かぶりっ子莉音の18歳の誕生日でーす! みんなー、せーのっ!』


 おめでとーっ。なんて、ここまで大勢の人に祝われたのは、俺が世界で初めてじゃないだろうか。そう錯覚するほどの音圧だった。

 これ多分、俺だけが知らされてなかったやつか。


『あ、ありがと......ございます............ニャ』


 やばい、まだ混乱してる。


『莉音ちゃん』

 

 と、ケーキの横に立つあずさが。


『食べてください。あずさが作りました』

『え、マジで!?ーーじゃない、マジニャ!?』

 

 結婚式のやつぐらい大きいぞ、それ。

 

『............ボクだって手伝ったんだけど』

『まあまあ。今はあずさに譲ってやろうや』


 マジでこれ、俺だけが知らなかったやつじゃん。

 最近俺一人で練習してる間みんな見なかったけど、こんなことやってたのか。普通に距離置かれてるのかと思ってた。


『それで、あずさから莉音ちゃんに言いたいことがあります』

『ああ、うん。どうしたんニャ?』


 とりあえず猫語戻さないと。

 ていうか言いたいこと? わざわざこんな所で? 生まれてきてくれてありがとう的な奴かな?


『怒らないで聞いてください』


 おっとお? 風向きが怪しくなってきたぞぉ?


『去年、あずさは莉音ちゃんの誕生日をお祝いするため、日付が変わって22日になった瞬間、莉音ちゃんちに行きました』


 おい、いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

 会場の空気も、肌で感じ取れるくらいには引いてる気がする。


『ま、毎年恒例のやつニャ』


 そんな俺のフォローになってるかどうかわからないフォローに頷くと、真剣な顔で続ける。


『その時、莉音ちゃんは言いました』


 え、俺なんか言ったっけ?


『お前、毎年毎年0時00分ぴったりに来るって、馬鹿じゃないのか? 夜中にインターホン押されるとびっくりするんだよ、普通に近所迷惑だし、やめてくれ』


 語尾にニャをつけろデコ助ぇ!

 キャラが崩壊するだろうがぁぁああああ!!


『来年は俺がお前んち行くから、誕生日会してくれよって、いったのに、いっ、た、のにいぃい』


 ただただついていけずに固まる俺とファンの皆様を置いて、メンヘラはどこまでも爆走する。

 遂には、感極まったのか、しゃくりあげながら。


『あずさがぁあ! このまえさそったときいぃい! りおんちゃん! なんていいましたかぁああ!?』

『21日はやめとこうって............あ』

『ああぁあああぁあああああああぁああ! やくそくぅうう! したのにぃいいいぃいいい!』


 いや、ごめんて。それでこの間暴れたわけね。なんか納得したわ。今思えば、さすがにあれはおかしかったもんな。情緒不安定の域を超えてた。


 ..................まあ、今もだけど。


 感情の波が一旦治ったのか、涙を拭ったあずさは、それでも鼻声で、


『莉音ちゃん、怒らないで聞いてください。あずさは怒っています』


 そんな、訳の分からないことを言った。

 ............え、ここで俺なんか言わなきゃいけないの? きっつ。いや、だって。会場の空気控えめに言って死んでるよ? え、マジで?


『............少しだけ』


 あ、ひよった。


『いや、うん。悪かったよ............うん』


 語尾にニャをつけるかを迷って、結局、つけないことにした。だって、女の子のここまで本気の告白を聞いて、真剣に答えなかったら、それはもう男じゃない。正直、もうどうにでもなれという思いもある。


『正直もう覚えてないけど、あずさがそう言うってことは、きっと言ったんだろうな』

『絶対』

『絶対、言ったんだろうな。うん、わかった』

 

 どうすれば、許してもらえるだろうか。

 

『じゃあ、わかった。明日から三日間オフだから、そのどの日かにーー』

『今日がいい!』

『いやでも、俺もお前も正直疲れてるし』

『今日がいい! 今日がいいの!』

『うん、わかった。今日な』


 涙ながらに訴える美少女の懇願を断れるやつがいたら連れてこい。相手は日本一かもしれないトップアイドルだぞ? 無理に決まってんだろ。


『今日、ライブが終わったら、あずさの家で誕生日会してくれるか?』

『ーーうんっ!』


 そして、この笑顔である。

 可愛い。もう俺の負けでいいよ。


『というわけで! よしっ! 色々あったけど、二人は仲直りってことで! 拍手!』


 龍虎さんが強引にまとめて、会場からパラパラと拍手が巻き起こる。だが、流石に彼らも訓練された兵士、倍率10倍の壁を乗り越えてきた精鋭たち。

 何秒か経った頃には、会場は万雷の拍手と声援に包まれていた。中には、指笛を吹いてペンライトを振り回す奴らもいる。


 ねえ、お前ら本当にそれでいいの? 絶対に雰囲気に呑まれてるだけだよね? こいつ、客観的に見て、かなり頭おかしいことしてたよ?


『じゃあ、さっさと最後の曲行くよ』

『マジで!? この空気で!?』

『あたりまえじゃん。お客さんはお金払ってくれてるんだから。アンコールまでしっかりやるよ』


 俺とあずさのやりとりを面白く無さそうに、でも黙って見守っていたレナは、いいことを思いついたとでも言いたげに、ポンと手を打った。


『折角だし......ちび、そのまんま踊ってみれば?』

『は?』


 意味がわからずに固まる俺を置いて、龍虎さんもレナに追従するようにニヤリと笑う。


『化け猫の皮も剥げてるみたいだしな』

『あ、そうだった............ニャ』

『ふふっ、今更遅いわよ』


 レナに合わせるように、会場から笑いの声が上がった。いや、笑い事じゃねえよ。俺全世界に猫被りバレたじゃねえか。


『まあほら、アクシデント............みたいなものもあった訳だし、サービスサービス』

 

 龍虎さんが俺の肩を叩いて、ヒナも珍しく、


『か、かっこ......かこいいほう!』


 ............あれ? 今の光景、どこかで見たような。

 まあでも、ライブでヒナが喋るのなんてほぼほぼ初めてだし、気のせいか。一部の熱狂的なヒナのファンからは雄叫びが上がっている。


『普段はセーヴしてるでしょ? 仲間だから、それくらい分かるわ。ボクはそれが、気に入らない』

『まあ、一回くらいはライブでも見たいよな。莉音の本気』


 セーヴっていうか、猫キャラとして踊るのと普段の俺が踊るのは使う筋肉が違うというか。表現の仕方が違うというか。これはこれで、本気なんだけど。

 そんな弁解をする前に。


『みんなも見たいよな、莉音の本気!!』


 ........................なるほど。

 まあ、ファンの人達にこれだけ言われたら、やるしかないよな。ああ、もうこれ。絶対に黒歴史確定だよ。


『いいよ』


 もうこれ以上喋っても墓穴を掘る気しかしないので、それだけ答えた。それだけなのに、会場の盛り上がりは最高潮。ここまで熱狂してるファンの人たちは、今までにも見たことない。


 いつの間に片付けたのか、ステージからはケーキも消えている。きっと、後でスタッフと美味しくいただくことになるんだろう。


『最後の曲は、freaksの始まりの曲ーーだったけど、うちの権限で、変えちゃいまーす!』


 おい。


『多分......いや! 間違いなく、莉音が一番輝ける曲! 莉音とヒナにとっては、きっと絶対に忘れられない原点!』


 これは、このイントロは。


『行ってみようかーー!!』












『endless』




◯ ◯ ◯ ◯ ◯










「わたくしの負けでいいですわ」


 もうなんか色々あって本当に疲れたライブの後、下僕を伴って俺に会いに来たお嬢様系アイドルは、開口一番にそう言った。


「いいのか? まだ結果は出てないけどーー」

「あんなものを見せられて、意地をはり続けることはできませんわ。それに、さっきのライブは全世界中継。わたくしが抜かれるのも時間の問題でしょう」


 そっか。

 桜ノ宮はさっきのライブ、見ててくれたのか。


「悪いな、曲勝手にーー」

「桜ノ宮さん、何を言ってるんですか?」


 おい。遮るな、下僕。


「桜ノ宮さんは今日の午前2時の段階で、とっくに莉音ちゃんに抜かれてますよ?」


 自称俺のファンらしい空気の読めない男は、そんな惚けたことを当たり前のように言った。


「桜ノ宮さんは知らないでしょうけど、投票最終日に莉音ちゃんに大量に票を入れてヒロインズのホームページを鯖落ちさせるのは、莉音ちゃんファンにとっては恒例のお祭りなんです」


 ............え、なにそれ。俺知らんのだが?


「今回は丁度莉音ちゃんの誕生日が近かったので、みんな今日の日付が変わった瞬間に入れたみたいですね......あずさちゃんといい、莉音ちゃんを好きな人はみんな考えることが一緒ですね。あはは」


 あははじゃねぇよ。


「今年の莉音ちゃんはかなり良かったので、無事、今年は鯖落ちさせることに成功してましたよ。去年は大幅にサーバー増強されて、あと一歩の所で耐えられたんですよねえ」

「............太郎。貴方まさかとは思いますけど、わたくしのライバルである莉音に入れたんじゃないでしょうね?」

「いやあ、あはは」

「太郎!」


 呑気に笑って、桜ノ宮に詰め寄られている下僕、小柴太郎を見て、俺は改めて思った。



 ーー俺のファン、こんなんばっかかよ。



「大体貴方、わたくしをトップアイドルにするという約束はどうしたんですの!?」

「それはもちろん、約束は果たしますよ。でも、それはそれ。これはこれと言う奴です。自慢じゃないですが、莉音ちゃんはendless時代から推してた古参ですからね。もう人生の一部なんです」

「............endlessにはわたくしも所属していたのですが?」

「桜ノ宮さんは二推しでしたね」

「こっのっーー!!」


 顔を真っ赤にした桜ノ宮は、俺をビシリと指差して。


「わたくし、やっぱり貴女にだけは負けられませんわ!」


 まあ、桜ノ宮は財閥令嬢。生まれながらにして持ってる人間だ。二番なんて言われたら、プライド的にも我慢ならないよな。

 そういうことなら受けて立つけど、やっぱり、ケジメをつける意味でも、きちんと頭は下げておかないとな。今回に関しては、元メンバーに断りも取らずに勝手に曲も使った訳だし。


「桜ノ宮、endlessを抜けたのは悪かったよ。ヒナとマネージャーを結果的に引き抜いた形になったのも。曲を勝手に使ったのも、悪かった。でも、俺にとっての最初の一歩はendlessだ。それは間違いない。今でも、お前のことは仲間だと思ってるよ」

「ふんっ! まあ、わたくしが負けたのですし、約束通り許して差し上げますわ! 太郎、行きますわよ!」


 下僕を引き連れて一回り強くなったお嬢様は、最後に一度だけ振り返ると。


「曲を使いたいと言うのは、事前にヒナから連絡を受けておりましたわ」


 いつものように、はきはきと。

 俺をそのアーモンドの瞳で見つめて。


「あれは......いえ、『endless』の曲は全て、わたくしの曲ではありません。わたくしたちの曲です。自由に使ったらよろしい」


 また、共に踊れる日があれば。

 そう言い残して、去っていった。





「かっこいいですよね、桜ノ宮さん」

「うわっ............いたのか、マネージャー」


 お嬢様と下僕、二人の背中を見送っていると、後ろから声をかけられた。ずいぶんと濃い一日だったからか、なんだか久しぶりな気がするマネージャーだ。

 連日のライブの準備作業に追われていたからか、今日は一段と隈がひどい。


「でも、ああ見えて小柴くんもすごいんですよ。アイドルに裏接待紛いのことをやらせてた幹部の動かぬ証拠を突き止めて、その功績でRe:start⇒のマネージャーに抜擢された、スタッフの間では大物新人として名を馳せているんですよ、彼」

「えー!? あの下僕が?」

「下僕......? はい。Re:start⇒の人気も、彼のマネジメント能力によるものが大きいとか」


 そして、なんでもないことのように、マネージャーは続けた。


「だから、例え莉音さんが勝負に負けていても、桜ノ宮さんはマネージャーを交換する気なんてなかったと思います。今日のライブは、彼女にとっても負けを自分から提案する良い材料だったのでしょう」

「............知ってたの?」

「ええ、聞いてましたから」


 ジムで桜ノ宮と話したあと、タイミングよく入れ替わるように現れたのは、つまり、そういうことだったのだろう。その後も、桜ノ宮や桜ノ宮の所属するユニットについて妙に詳しく教えてくれたり、今思い返せば、マネージャーからのサインは出ていた。


「どうして言ってくれなかったのさ」

「さあ、どうしてでしょう」


 もしかしたらーー。

 そう前置きした上で、俺より年上の、いわば姉のようにずっと見守ってきてくれた女性は、その枝毛まみれの髪をくるくるといじりながら。

 

「かっこいいアイドルに取り合ってもらう、お姫様の気分を味わいたかったのかもしれませんね」

「ははっ、冗談」

「さあ、どうでしょう?」


 茶目っ気のある微笑みを浮かべる。

 そういえば、この人は結構こう言うところがあるんだった。最近は仕事に忙殺されてストレスが溜まってたのかもしれないな、今度、みんなでどっかに連れてってやろう。


 いや、でもちょっと待てよーー?


「じゃあ、なんで桜ノ宮はわざわざ俺に勝負を挑んできたんだ? マネージャーを交換するつもりは最初からなかったんだろ? ただ俺と仲直りしたいけど素直には言い出せないから回りくどいやり方をしたとか、そういうことか? 桜ノ宮はツンデレなのか?」

「はぁ......なんでそうなるんですか」


 マネージャーは呆れたようにため息をついた。

 そして、俺の頭から爪先までをジロリと見ながら。


「子供ですねえ、莉音さんは」


 え、なにそれ。

 言うに事欠いて、人生二周目の俺に子供って。


「馬鹿にしてるのか?」

「はい、してます」

「おい!」


 そしてそのまま、本当に小さい子供を扱うかのように、その荒れた手で俺の手を握った。


「ほら、さっさと行きますよ。これから莉音さんの誕生日パーティーするんでしょう?」

「............それなんだけどさ、俺もうなんか今日疲れたから帰っちゃダメ?」


 正直今からあずさんち行っても速攻で寝る予感しかしないわ。


「ダメに決まってるでしょう。主役が欠席してどうするんですか。私も、今日だけはカフェインを過剰摂取してでも出席させていただきますよ」

「お、マネージャーも来るんか。じゃあ行こうかな」

「ふふ、なんですか、それ......あ、そういえば。人気投票のサーバーがつい先ほど復旧して、暫定順位が新しく出直したらしいですよ。確認しますか?」

「あー、いや。いいや」

「......そうですか」


 マネージャーが今のまま俺たちの担当でいてくれるなら、順位とかもう、どうでもいい。


 それにーー。


「俺たちならまだ上を目指せる。そうだろ?」

「............それもそうですね」


 廊下の向こう側から、四人が向かってくるのが見えた。

 メンヘラ、クソガキ、ヤニカス、カオナシ。全員、一癖も二癖も問題のある奴らばかりだけど、全員、今となってはかけがえのない、大切な仲間だ。


「そうだ、俺今日一つ心残りがあったんだよね」

「はあ......?」


 気のない返事をするマネージャーは置いて、俺は四人に向かって拳を突き出した。


「ふりーくす、いくぞー!」

 

 もう一度、控室では出来なかった出発の合図を。

 帰ってきたのは、いつも通りのどこか気の抜けた、それでも不思議と呼吸は合っている、四人それぞれの咆哮だった。


「「「「がおー!!」」」」


 足並みを揃えて、俺たちは前に進む。

 


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TS転生してアイドルになったけどユニットが終わってる 御嬢桜マコ @ojyosa_9999zwd

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