endless
前編
赤ん坊がなぜ泣くのか。
これには色々な説があって、酸素を取り込んでいるのだ、みたいな医学的なやつから、この世に生まれたことが悲しくて泣くのだ。みたいな、ポエミスティックなやつまで様々だ。生まれた時の痛みで泣く、みたいなもっともらしく聞こえる説も、実際赤ん坊に聞いたわけじゃないので本当かどうかはわからない。
しかし、転生者たる俺の場合、あそこまでギャン泣きしたのにはシンプルかつ明確な理由があった。
俺は、相棒を失った悲しみで泣いたのだ。
『元気な女の子です』という看護師さんの声が聞こえた気がして、心なしか股がスースーする気がして、人生を共にし息子とまで呼んだ半身がいなくなったことに気づき、そのあまりに衝撃的な事実を受け止めきれずに泣いたのだ。
ーーそう。生まれ変わった俺は女だった。
そして、それは大人になった今も変わりない。何度サンタさんに願えど、毎年七夕の短冊を百枚くらい書こうとも、親にインドあたりに旅行に行きたいと駄々をこねても、俺の失いし聖剣が戻ってくることはなかった。なかったのだ。
未だに俺の股はスースーするし、鏡を見ても、そこにはちんまいロリガキが1人。胸だって、遠目に見て膨らんでいることが分かる程度にはある。
前世で見たアニメや漫画では胸のおっきいキャラに対して貧乳キャラが「その胸分けろ!」だの「羨ましい!」だの言う場面があったけど、あんなもん所詮は創作だ。邪魔だし、ライブの後とか蒸れて痒いし、こんなもん百害あって一利ない。例えお子様扱いされるとしても、まな板時代が一番良かった。
大きくなりたいとか言ってる奴は全員ビッチ。
ブラジャーはいつも通り、灰色の無地なやつ。中学年からほとんど変わらないサイズのシャツを着て、SSSサイズのジャージを羽織る。当然、これから運動するというのにスカートなんて履かない。
「莉音さーん、まだですかー?」
と、そこで更衣室の扉を開けてマネージャーが入ってきた。格好は俺と同じ地味な色のジャージだが、いつもと違ってボサボサの髪の毛を後ろで一つにまとめている。
俺は慌ててズボンを引き上げた。
「き、急に入ってくんな! びっくりするだろ!」
当然の抗議をする俺に対し、マネージャーは「え、どうしてですか?」とでも言いたげな不思議そうな顔だ。
「え、どうしてですか?」
言った。
「............は......から」
「え?」
「恥ずかしいからに決まってんだろ! 二回も言わせんな!」
「え、別に普通の灰色のやつでしたよね?」
軽く小首を傾げるマネージャー。隈が酷いその目元は、俺の下腹部のあたりを見つめている。
「別に見られて減るものでもありませんし、そもそも、女同士でーー」
「俺は見るのは好きでも見られるのは嫌いなの!」
音を立ててロッカーを閉じる。
「見られるのは嫌って......トップアイドルとしてどうなんですか、それ」
「踊ってる時は平気なの! もういいから、さっさと行くぞ!」
呆れた顔のマネージャーを置いて、俺は早足でジムに向かった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
人生二回目ならうまく行く。記憶があるなら無双できる。まだ母親の乳を吸ってたころ、そんな舐めた考えだった俺は、幼稚園に入って早速つまづいた。
こっちは静かに本を読んでいるだけなのにどこからか積み木が飛んでくる。謝ることの大切さを教えてやっているだけだというのに、向こうが泣き始めたらもう悪いのはこっち。精々猿の26レベ程度の知能しか持たない人間のなりそこない共にわざわざレベルを合わせなければならないのは、想像を絶する苦痛だった。
だってあの動物園に毎日だよ? 毎日。頭おかしくなるわ。保育士なんかは子供好きかつ金ももらえるからギリギリ耐えられるかもしれないけど、俺は無理。
なら勉強で無双する? それも無理だ。前世の俺は、努力して点数を取るタイプの人間だった。たとえ今世のスペックが高かったとして、それを有効活用できるとは思えなかったし、そもそも別に勉強はそこまで好きじゃない。大学受験までで十分だ。
でも大丈夫、まだいける。勉強も運動もできる俺なら、カーストトップのリア充生活をーー。
そう思ってた俺は、小学校の保健の授業でようやく現実を直視した。すなわち、
『俺、女の友達いないじゃん』
生理がどうとか子供がどうとか未婚のくせに偉そうに説教垂れる先生と、変に反応して目立ちたくないからと微妙な顔で聞く女の子たち。そうだ、そうだよ。これから中学になって、男子とだけ遊んでたら間違いなくビッチ扱いだし、今でも偶に告白されてその度に気まずい思いをしているというのに、変に色気付かれたらきっと今以上にだるい。
女子って普段どんな話するんだ? どうすれば女子に溶け込めるんだ?
『〇〇君ってかっこいーよねー』
『えー、私は二組の××君かなぁ』
『見て、このバッグ! パパに買ってもらった!』
『え!? それ△△の限定のやつじゃん! マジうらやまなんですけどー!』
ーー俺の爆進ボッチ道が幕を開けた。
そもそも、生活指導のババアもニッコリ、膝下丈のスカートに常時体操着のズボン着用な俺と、こいつ露出趣味なんじゃねーの? 男子と遊んでた俺より、お前の方がビッチだろ。ってぐらい丈が短い奴とでは話が合う気がしなかった。かと言って教室の隅で受けだの攻めだの意味わからんこと言ってるグループに混ざんのはなんか嫌だし、なら高嶺の花ルートで行くかとボッチを貫いて。体育の「好きな人と組んでね」を聞くたびに絶望して。
結局、中二になっても組んでくれる人がいなくて、一人っきりで流行りのアイドルの曲を踊ってーー。
「か、かっこ......かこいいでっ!」
もう今は顔も覚えていない、そう言ってくれた女の子の一言で、俺はダンスを極めることにした。
才能の有無はわからない。でも、俺にはこれしかないという必死さが、自然と俺を上達させた。1年間、勉強は貯金を切り崩してダンスだけに集中して、
『今の俺なら、アイドルにだって勝てる』
アイドルになった。
前世とは少しだけ違うこの世界のおいて、覇権アイドルは銃の名前によく似た48人組でも、韓流のアイドルでもなく、『ヒロインズ』という一つの事務所に所属するアイドル達による戦国時代状態。
ヒロインズに所属するアイドル達は自由にユニットを組み、歌や踊りの腕を磨き、お互いに競い合う。年俸は所属するユニットの人気と、人気投票の結果で決まる。まるでアニメか漫画の設定のようなこの場所で、俺が最初に所属したのは、
『endless』
永遠を意味するこのユニットを、俺はーー。
「あら、裏切り者じゃありませんの」
「桜ノ宮............」
「嫌だ。気安く名前を呼ばないでくださる? わたくし、まだ貴女のことを許してはいなくてよ」
そう、俺は終わらせたのだ。
自由にユニットを組めるが故に活動休止や解散が多く、看板と呼べる存在がいないことが長年の悩みだったヒロインズは、各ユニットから圧倒的な実力・人気を誇るメンバーを招集し、一つのユニットを組ませた。
それこそが『freaks』、ヒロインズの圧倒的トップにしてーー今の俺が所属するユニットだ。
「事務所に強制されたんだから、仕方ないだろ」
「わたくし達から雛子もマネージャーも奪っておいて、よく言いますわね」
冷たい瞳で俺を睨む桜ノ宮に、かつて仲間だと微笑みかけてくれた頃の面影はない。
俺と、俺が辞めるならとendlessを辞めてfreaksに移籍願いを出した雛子、とある事情から中々マネージャーが決まらなかったのを見兼ねて、古巣を捨ててまで立候補してくれたマネージャー。
マネージャーが支えてくれたのもあって、とんとん拍子......とは決して行かなかったが、傍から見たら次々に他のユニットを抜き去り、一躍トップに躍り出た俺たちfreaksと、主要な人物が3人も抜け、人気は低下し、結局解散する羽目になったendless。
桜ノ宮から見れば、俺は仲間を捨てたばかりか、自分たちから雛子とマネージャーまで引き抜いて自分だけトップアイドルになった、文字通りの「裏切り者」なのだろう。
「貴女が泣いて謝るというのならーー」
「あのなあ、今までだって散々謝っただろ?」
「人の話を遮らないでくださる? わたくしは、泣いて謝るというのなら、許してあげるということを考えなくもないですわ。と、言おうとしたの」
「どうせ、考えた結果ダメとか言うんだろ?」
「......ええ。今の貴女の態度で、考えるまでもなく、絶対に許さないと決めましたわ」
俺だって別に好きで移籍したわけじゃない。あくまでも事務所の命令だから仕方なく移籍しただけで、その後にマネージャーの件も含めて菓子折り持って散々謝りにいったのだ。それをこの女はネチネチネチネチといつまでもいつまでも。
この、根に持ち女が!
大体なあ、俺が何の苦労もなくトップアイドルやってると思ったら大間違いなんだよ。この前だって、変な記者に脅されて、撃退したは良かったけど、メンバーのメンタルケアとかすごい面倒だったんだからな。スタッフはいつも人手不足だし。あんな地獄みてえな奴らの集まりだって分かってたら、意地でもendlessに残ったっての。
「桜ノ宮さん! 水、持って来ましたよ!」
そんな俺と桜ノ宮の間に流れる険悪な空気をガン無視で、スーツ姿の一人の男が現れる。
ここはヒロインズ所属のアイドル専用のジムなので、男がいるのは非常に珍しい。その格好と、桜ノ宮に対する態度から見て、おそらくこいつが桜ノ宮が立ち上げたという新ユニットのマネージャーなのだろうが............お前、よくこの空気感で入ってこれたな。
「桜ノ宮さん、僕をパシリみたいに使うの良い加減やめてくださいよ......」
ふわふわの縦ロールに高そうなジャージ、纏う雰囲気からしてハイソな桜ノ宮に、肩で息をしながら水を差し出すマネージャーの男。そのペアは、まんまお嬢様と執事......というよりは、下僕だった。
下僕と目が合う。
「え......もしかして、紫莉音(むらさき りおん)?」
「あ、うん。そうだけど」
「うわ、本物だ! あの僕、小柴太郎(こしば たろう)って言います! 莉音ちゃんの大ファンで! 良かったら、サインもらっても良いですか......?」
こないだのプリン頭といい、こいつといい、俺のファンこんなんばっかかよ。てゆうか俺、こんな所でまでアイドルモードやりたくないんだが。
「おい桜ノ宮。これ、お前んとこのマネージャーだろ、なんとかしろよ」
小声で呼びかけるが、返事はない。
「............桜ノ宮?」
「..................り、ましたわ」
俯いてプルプルと震える桜ノ宮の表情を伺うことはできない。しかし、硬く握りしめたその手から、彼女が何故か物凄く怒っていることがわかる。
............やばい。もしかして、さっきの根に持ち女を声に出してしまってたか?
「貴方がそういう態度を取るなら、こちらにも考えがありますわ」
俺を睨むそのアーモンドの瞳は、怒りの炎に燃えて、かつてないほど釣り上がっていた。
どうしよう、声に出してた気がする。
「決めました。次の人気投票でわたくしと勝負して、もしもわたくしが勝ったら、うちの太郎とそちらのマネージャーを交換してもらいます」
「「はあ!?」」
俺と下僕の声が重なった。
「あら、怖いのですか?」
「違う! けど、そんないきなり......」
「そうですよ。それに、そんなこと社長が許可するか......」
「わたくしを誰だと思ってらして? 桜ノ宮の名を冠するわたくしならその程度、造作もないことですわ」
そうだった。こいつは口調だけじゃない、正真正銘のリアルお嬢だった。
「もしわたくしが負けたら、昔のことは水に流して差し上げます。悪い条件ではないのでなくて?」
馬鹿かこいつは。そんなん、こっちのデメリットがでかすぎるだろうが。
確かに、会うたびに絡まれて険悪な空気になるのは正直めんどくさい。俺だって過去の精算はしたいし、今日のようなやり取りをしないで済むというのなら、それだけで受ける価値はある。
ーーだがしかし、マネージャーを取られる可能性が1ミリでもあるというのなら、話は別だ。
マネージャーはうちのユニットの生命線。この太郎とかいう桜ノ宮の下僕がどこまで有能なのは分からないが、常に裏方不足で業務過多なfreaksのマネージャーが務まるとはとても思えない。俺以外のメンバー全員、どいつもこいつも問題だらけという点も含めて、長くやってきたマネージャー以外にはとても任せられない役割なのだ。
「あら? もしかして、前回の人気投票6位、トップユニットfreaksの紫莉音ともあろうお方が、わたくしごと......わたくしとの勝負を恐れてらっしゃる?」
やけに芝居がかった大声でジムのアイドルの視線を集める桜ノ宮。こいつ、汚い。観衆を利用して断れなくするつもりか。
でも確か、こいつは前回の人気投票はトップ10落ちの18位。トップ10とそれ以外で大きな開きがあるヒロインズにおいて、6位と18位の差は天と地までとは言わないが、4階建てのアパートと東京タワーくらいはある。わかりやすくおっぱいで例えるなら、CカップとHカップ。つまり、凄く大きいということだ。
普通に考えて、俺の負けはない。
「いいだろう。のってやろうじゃねえか」
「え、」
「なんだよ、お前から言い出したんだろ。その挑発に乗ってやる。そのかわり、俺が勝ったらもう一回だけ謝って、それでユニット脱退の件は許してもらうからな」
「な、なるほど」
何故か焦ったような顔の桜ノ宮は、大きく首を傾げて、
「暫定順位を見ていないのでしょうか? いえ、そんなはず......それとも、他に何か考えが............」
ははあ。なるほど。
さては暫定順位が良いんだな。それで勝てると踏んで勝負を挑んできた、と。だが、もう人気投票の締め切り日までは一ヶ月もない。例え今の順位が良かったとしても、俺を追い抜くまでの時間はない。
「ま、まあいいですわ。勝負の日を楽しみにするとしましょう。精々健闘することですわ、ええ」
「ふん、言われるまでもないさ」
「一体、その自信はどこから......では、わたくし達はこれで。行きますわよ、太郎」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 僕はまだ了承してませんからね!」
慌ただしくさっていく主従コンビと入れ替わる形で、マネージャーがやって来た。
まずい。今の話聞かれてたかな? 流石に、黙って自分を景品にした勝負を受けたなんて知られたら、いくら優しいマネージャーでも怒るはず。なんとか誤魔化さないと......。
「あれ? 珍しいですね、桜ノ宮さんと話しているなんて。何をお話しされたんですか?」
「いや、ちょっとな。それより、マネージャーは遅かったな。一体、更衣室で何してたんだよ」
「ああ、いや。すみません。一昨日更新された人気投票の暫定順位なのですが、生憎忙しくて確認する時間がなくて。さっきそのことを思い出したので、確認してたんです」
まじか、一昨日にもう出てたのか。
うちのユニットあんま順位とか気にするタイプの集まりじゃないからな......というか、そんな事まで気にしてる余裕ないというか。
なのに、何故か順位はめちゃくちゃ高いんだよな。
「ちなみに、どんな感じ?」
「莉音さんは......今回あまり良くないですね。流石にこれから伸びるとは思いますが、今は18位です」
「..................は?」
18......って俺が? そんな、馬鹿な。
愕然とする俺に、マネージャーはスマホの画面を見せてくれる。18位には、確かに俺の名前が............。
「嘘。何かの間違いじゃ」
「どうしたんですか? 莉音さんらしくない。去年までは順位とか気にしてなかったのに」
それは、マネージャーがかかってるから......。
「そ、そうだ! 桜ノ宮は!?」
「桜ノ宮さん? 確か、彼女は最近調子良かったと思いますよ。彼女と、彼女が率いる『Re:start⇒』のメンバーは、軒並み順位を大幅に上げてましたね。確か、えっと......」
嘘だとは思いながらも、マネージャーの声に導かれるように、画面を上にスクロールする。
いつもは決まったように俺の一つ下の順位を取るヒナは、俺よりだいぶ上の7位。そして、桜ノ宮は。桜ノ宮は。
「6位だった気がします」
スクロールする手が震える。
トップ10、去年の俺がいたはずの、その場所にはーー。
『桜ノ宮瑠璃』
と、確かにそう書かれていた。
うん。なるほど? つまり、前回6位の俺が現在18位。前回18位の桜ノ宮が現在6位。二人の間にはCカップとHカップ並の圧倒的な差があって、このまま順当に俺が負けたら、うちのマネージャーが取られると。
「なるほど。なるほどね」
俺はジムのベンチの上に横になった。
「マネージャー、ちょっと仮眠とるわ」
「ええ!? この後公演ですよ!?」
「大丈夫、それまでに起きるから。じゃあ、おやすみ」
「いや、そんなーー」
俺は愛用の耳栓とアイマスクをして横になった。これさえあれば、どこでも寝れる優れもの。
起きた時にはきっと、なんとかなってる。そんな気がするんだ。うん。現実逃避じゃないよ? ほら、果報は寝て待てって言うからね、うん。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「起きてください、莉音さんっ!」
「ーーはっ!?」
ここはどこ? 玉はついてる?
「あ、莉音さんおはようございます......ではないですね。もう、どうしたんですか? 仮眠にしては長すぎですよ? 公演がもうすぐ始まっちゃいます」
生まれ変わったら無くなってたんだから、目が覚めたら付いてることだって当然あるはずーー!
「......なんでパンツの中を確認してるんですか?」
「いや、なんでもない。こっちの話」
「......何で少し残念そうなんですか?」
「分かってても期待しちゃうんだよ」
「は、はぁ」
怪訝な顔をしているマネージャーは置いといて、何で俺はジムのベンチなんかで寝てるんだ? 周りを見れば、文字通りアイドル級のかわいこちゃん達が汗水たらして頑張っていて実に眼福......ではあるけど、ここ寝る場所ではなくね?
そうだ。確か俺は、ここで桜ノ宮と会ってーー。
「そうだ、順位!」
「はい?」
なんか寝る前に18位とかいうありえない数字を見た気がするけど、きっと気のせいだよね。それか、マネージャーのミスで見間違えてたか。あんなの悪い夢だ。
前回6位の莉音ちゃんが、名実ともに、正真正銘徹頭徹尾トップアイドルの莉音ちゃんが、18位なんて取る訳ない。
「18位............虹川光」
ほらな!
全然見たことない名前だから、多分新人かな? 一年目で18位なんかすごいじゃないか。まあ、俺は一年目から12位だったけど。でもこの順位はまだ暫定、これから上がると思うから頑張ってね。新人は知名度無いから順位上げるの大変だけど。
ーーでも、俺は違う。
俺くらいにもなれば、寝てる間に票が入ってくるもんだ。今までがそうだったし。暫定順位なんか今まで一度も確認したことないけど、それでも最後にはいつも高い順位を出し続けた。ほら、二桁には名前ない。
入ってる。入ってる。絶対トップ10に入ってる。
「まず龍虎さんが8位」
龍虎さんは抜群のスタイルと大人の魅力で高年齢層中心に人気があるけど、処女っぽさがあまりにもないから夢見るユニコーンどもには人気がない。去年の順位も俺の二つか三つ下だった。グッズの売り上げとかを見た感じ、今年も同じような順位に落ち着くだろう。
まあ、それでも俺より長い間トップ10維持してるバケモノなんだけど。
「ヒナが7位」
じゃあやっぱり、6位は俺か。
さっきはちょっとおかしかったけど、ヒナが人気投票で俺の一個下を取るのは一種のお約束。ジンクスなのだ。なんだかんだあっても、最終的にはストーカーみたいに俺の一個下にーー。
「誰だよ」
いや、この名前は聞いたことがある。別の人気グループのリーダーだ。
でもさっきは桜ノ宮がこの順位だったはず。
「桜ノ宮......5位」
じゃ、じゃあ......俺は4位以上ってこと?
自己ベスト更新じゃん。freaksの一筋縄じゃいかないメンバーどもを従えてこの一年、今まで以上に頑張って来た。まあ、俺のファンならそれくらい分かってて当然だよな。よかった、これで桜ノ宮にも勝てて、マネージャーも移動しないで済む。
「4位............じゃない。3位............で、でもない」
やばい。やばい。やばいぞ。
だって、2位と1位はここ3年間あの二人の独占だ。
「2位、赤井あずさ。1位、青峰レナ」
思った通り、そこにいたのはうちのユニットの問題児二人。じ、じゃあ、俺はーー? どっかで見落としたか? ま、まさか。下なんてことない、よな?
名前だけを見続けて、下にスワイプしていく。
「あった。紫莉音............?」
じゅ、じゅうきゅうい?
英語で言うとナインティーン。アラビア数字で19。
「は? え? は?」
「あの、莉音さん? 大丈夫ですか?」
「さ、下がってるんですけど......」
目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだろうか。
マネージャーは暫定順位なんてなんの参考にもならないとか、莉音さんの逆転は名物みたいなものだとか、色々慰めてくれているようだけど、そんなもの何の気休めにもならない。この世界は現実。女児向けのアイドルアニメの世界じゃない。いつだって、勝つのは実力のあるやつだった。だから、俺たちfreaksはやってこれた。
なのに、どうして............?
19位。19位なんて、ヒロインズのオールスターで野球チーム作っても、二軍にすら入らない順位だぞ。塁審かランニングコーチ枠がぎりぎり回ってくるかどうか......。嫌だぞ、あんな腕ぐるぐるしてるだけのつまんなそうな役割なんか。
ゲームのキャラだって、ハードのスペックが上がった今の時代でも19人もいたらかなり多い方だ。つまり、19位の俺はいいとこNPC。中盤あたりで出てきて、ストーリーを進行するだけの役割。ダウンロードコンテンツでルート追加されたらラッキーですね。
「もう! 人の話を聞かない人ですね! とにかく公演が近いんですから、さっさと準備して下さい!」
固まってしまって動かない俺を、マネージャーが引きずってドナドナする。
沈黙を辛く思ったのか、話題に出してきたのは先程の桜ノ宮についてだった。
「Re:start⇒は、endless解散後に桜ノ宮さんが立ち上げた新進気鋭のユニットで、桜ノ宮さんが人気絶頂の今、右肩上がりのユニットです」
人気絶頂桜ノ宮。急落19位莉音。ハハ。
「桜ノ宮は、なんかあったのか?」
「さあ。でもそういえば、最近は角が取れて丸くなったとか、ファンサも前より良いとかでスタッフの間で評判になってましたね」
「角が取れて丸くなったぁ?」
あれが? 出会い頭に喧嘩売られたんだが?
「詳しくは知りませんけど、彼女のユニットは今回の人気投票にだいぶ力を入れているようで、トップ10入りの有力候補の一人ですね」
まじか。全然知らなかった。
うちのユニットは事務所内で孤立してるから、自分から調べないと情報が手に入らないんだよなあ。かといって、最近は大規模ライブのリハもあって忙しかったし。
くそっ、知ってたら勝負も受けなかったのに。
「さっきから、やけに桜ノ宮さんのことを気にしますね。彼女と何かあったんですか?」
「............別に。それより、何で俺の順位がーー」
「あ、莉音ちゃん!」
楽屋の扉を開けた途端、こちらに駆け寄ってくる大きな影。勢いよく抱きついて来たそれは、背をかがめて胸に頬擦りしている。
「あのね、今月の21日なんだけど予定ある?」
そのまま、お手本のような上目遣い。自分の可愛さを良く分かってらっしゃる。
それも当然、彼女は我らがfreaksのリーダーにして、昨年の人気投票二位のヒロインズが誇る正統派アイドルーー赤井あずさ。今日はライトサイドに寄ってる感じか。正直、今はこいつに構ってる余裕ないからありがたい。
「21日......か」
別に何もないけど、その次の日がネットで全世界に配信する大規模ライブで、それが多分人気投票で票を獲得する最後の機会なんだよな。今月末が人気投票の締め切りだし。
「あのね、あずさの家でお泊まり会したくてね、それで、徹夜したら莉音ちゃんのーー」
「いや、悪い。今回はやめとくわ」
「死にます」
前言撤回。今日も暗黒面。
「あずさは悪い子......あずさは悪い子............」
ゾンビのように壁に向かって歩き出したあずさを慌てて羽交い締めにする。世間一般には真っ直ぐな性格でユニットを引っ張る頼れるリーダーと思われているらしいが、実際は隙あらば壁に頭をくぎ打ちしようとする厄介なタイプのメンヘラである。
「嫌われたぁ! 莉音ちゃんに嫌われたぁ! 死ぬしかない! もう死ぬしかないいぃぃいいい!」
さっきまでのあざと可愛い女の子ムーブはどこへ行ったのか、金切声を上げ、馬鹿力で暴れるあずさ。髪を振り乱して暴れるそのさまは、まんまイギリス妖怪のバンシーだ。
ジムに誘わなかったのも悪かったのかもしれない。それか、盗聴器禁止令を出したのがここにきて響いて来たのか。いやでも、普通その程度のことでいちいちこんな大袈裟に暴れないだろ。盗聴器とか俺が優しいから見逃してやっただけで、普通に犯罪だからな。
「............あー、もう。めんどくさいな」
「あああぁぁぁぁあああアアアアアアアア!?!?」
やばっ、声に出してたか。
「ちょっ、莉音さん!?」
「いや、だってーー」
「ァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
その圧倒的な肺活量を無駄に活用して、頭を押さえた姿勢で狂ったように叫び続けるあずさ。少しずつ大きくなっていく叫び声は、自爆手前のロボットのように乱れがない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「莉音さん、なんとかしてください!」
「いやっ、そんなこと言われても! こら、暴れんな!」
マネージャーが肩を叩いてくるけど、そもそも体格差で俺があずさを抑えるのには無理があるのだ。この様子じゃ何を言っても聞かないだろうしーー。
「ちょっ......いたい!」
「莉音さん!」
「アアアアア、ぁ」
弾き飛ばされた俺に、マネージャーが駆け寄ってくる。
「莉音さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ......あ、の......ご、ごめんなさ」
心配そうに俺を抱き起すマネージャーも、顔面蒼白で自分の首に手をやるあずさも、何故か遠い世界の光景に見えた。体が重いし、気を抜くと泣いてしまいそうなほど、何かが折れそうだった。
頭の中から、数字がこびりついて離れない。
何が悪かった? 俺は間違っていたのか? 今年一年、俺は良くやった方だと思う。去年より格段にfreaksはまとまってたし、俺はその中できちんと役割意識を持って常に最高のパフォーマンスを繰り出し続けた。ダンスだけじゃない、歌や、トークも周りができない分支えようと思って、練習して来た。
あずさの代わりに、裏でメンバーをまとめて来た自負だってある。
freaksが結成されてから、誰一人として、トップ10を落としたことは一度たりともない。
順位なんて気にしたことはない。気が向いたらレナがネットで検索して、給料もらえたら何買う?なんて話をして、それでお終い。話題の一つでしかない。それでも俺たちは、常にトップアイドルだった。
それは、別に傲ってたとかじゃなくて、俺達の頑張りを見てくれる人がいるって信じてたからでーー。
「......どうしたの、ちび」
「おい莉音、お前顔色悪いぞ」
心配して駆け寄って来た仲間も、今は煩わしい。
「あずささん、落ち着いてください。あ、ほらあずささん、先ほど確認したのですが、暫定順位が一位でしたよ。レナさんから王座奪還できるかも!」
「......そんな、あずさは、莉音ちゃんじゃきゃ、莉音ちゃんじゃなきゃ............」
いつもなら支えようと思う仲間も、今は妬ましい。
「俺だって、余裕ないんだよ............」
その日のパフォーマンスは、誰がどう見ても最悪だった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あずさは3位。レナは相変わらず1位で、龍虎さんが7位。ヒナは5位............俺は、」
ーーちっ。
「............おどらないと」
半年間の集計期間を経て、順位が初公開される中間発表以降、人気投票の順位はリアルタイムで更新される。まだまだ票数は少ないから、こっから大きく増えるんだろうけど......少し調べた統計の理論によれば、順位が大きく変わることはない、らしい。
出口調査とかと同じで、票数は増えてもその割合が変わることは滅多にないとか。調べなきゃ良かった。
「りおーん! そろそろ休んだらどうだぁー?」
平日の昼から顔を赤くしているダメな大人代表。
綺麗に染まった金色の髪をボサボサにして、酒瓶片手に胡座をかいているこの人は、黄山龍虎。freaksの最年長にして、大人のお姉さん枠に相応しいナイスなバデーの持ち主だ。
隣に座るヒナと一緒に、何をするわけでもなく俺の練習を黙って見ていたのだがーー。
「なあなあ。もう休もうぜー。うちもなんか酔いが回って来た気がするもん」
まるで自分も練習に参加しているかのように見せかけた、ただのダメ発言には反応しない。
無視して、もう一度音楽をかけた。
「やめとけって言ってるのに......」
ステップを刻み始めれば、周りも気にならない。
呆れたようにため息をつく龍虎さんも、黙ってじっと見つめてくるヒナも、何もかも。自分の荒い息だけが響くこのダンスルームで、鏡に映るのも自分だけ。まるで自分と一対一で勝負しているような感覚。
キュッキュッキュッとシューズの音が連続的に響き、その音も、次第に曲と混ざり合う。ターン、ステップ、全ていつも通り。ヒロインズの中でもダンスは有数の実力を持っている......はず。腕の動きも、体のしなりも、全てが思った通りに動く。
そのまま、踊りきってーー。
「なんでこれで、ダメなんだよ」
倒れた。
べったりと張り付く髪とTシャツの感覚がただひたすら気持ち悪い。当たり前だ。朝からずっと、踊りっぱなしなんだから。
「わっかんねえなあ」
ついこの間まで信じてた感覚が、今はもう正しいかわからない。22日の大規模ライブまであと少ししかない。それまでに何とか修正しないと......。
俺の、何がダメなんだ? なんで、俺だけが......。
「ちび、いい加減にして」
ダンスルームの扉を乱暴に開けて、イライラした様子のレナが入ってくる。最近はずっとこんな感じで、あずさもあれ以来病んでるからユニットの雰囲気はかなり悪い。
龍虎さんやヒナには目もくれず、そのまま、詰め寄るように俺の方へ。
「何悩んでるかは知らないけど、このままだとあずさがヤバい。本当にやりかねないわよ」
「......今度のライブまでには、なんとかする」
「なんとかって、あんたねえ......」
でも、何て言えばいいかわかんないんだよ。
あずさはいい子だけど、めんどい所があるのも事実で、今の状態で会いに行っても、絶対冷静に話し合える気がしない。少なくとも、投票で桜ノ宮に勝てる目処が立つまでは自分のことに集中したい。
「あんたがやらないで、誰があずさをーー」
「あー、じゃあうちがやるわ」
声を上げたのは、龍虎さんだ。
酒瓶を片手に、気だるそうに立ち上がる。
「前々から、うちらは莉音に頼りすぎだったんだよ。そりゃ莉音だって崩れる時はある。そういう時こそ、うちらが支えてやらないとな」
肩をポンと叩き、キザったらしくウインクしてくる。さすが、freaksの女性人気ナンバーワン。その仕草は大人っぽい龍虎さんに良く合っていて、思わず、その色っぽい涙ぼくろに視線を吸われてしまった。やばい、かっこいい。
心が弱ってる時にそういうことされると、ちょっと惚れそうになるからやめて欲しいんだがーー。
「だからさーー」
龍虎さんは揺らぐ俺の下腹部を優しく撫でると、耳元で囁くように顔を寄せた。
「あったかくして寝ろよ、な?」
まじでぶん殴るぞ、この酔っ払い。
「ほんじゃ、あずさのことはうちに任せてな! たまには年上の威厳ってもんを見せてやんよ!」
鼻歌を歌いながらフェードアウトしていくクズは置いといて、とりあえず視線で問いかけてくるレナに対して否定だけは入れておく。
「ちゃんと薬飲んでるから」
「まあ、そうよね」
パーティー系のゲームで煽りスタンプを押すことに特化し、負けたら無職のニートが親の金でFXする実況で「行ける!行ける!」と煽ることでストレス発散するクソガキにもデリカシーはあるのか、それ以上突っ込んでくることはなかった。
「なあ、レナ」
「なによ」
「お前確か、去年の人気投票一位だったよな?」
「そうだけど......それがなに?」
誇るわけでもなくそう言い放ったレナだが、別にそれは嫌味でも何でもない。レナにとって、人気投票なんか所詮その程度の位置付けなのだ。
レナの場合は公式の動画チャンネルでやってるゲーム実況が人気で、幅広い層から支持を集めているのが強さの秘訣なのだろう。もちろん、煽ったりは禁止だから本人は退屈そうにプレイしているのだが、人によってはその態度がクールに見えるのだとか。
基本的にどのゲームをやっても上手いから見てて爽快だし、可愛い子がゲーム上手いというのはそれだけでもうポイントが高いんだろう、きっと。
「なあ、俺はどうやったら順位上げれると思う?」
「............ちび、お金ないの? 少しくらいならーー」
「そういう訳じゃないんだけどさ」
確かに順位は俺たちの給料にも関わってくるし、順位が下がればその分給料も減るけど、別に俺はそこまで散財するタイプじゃないしお金には困ってない。
てゆうか、少しくらいならなんだよ。普通に少しでも駄目だろ。お前、意外と悪い男に騙されるタイプだったりするの? 年上として心配......じゃなくて。
「それがさ......その............」
「なに? 早く言って」
ええい、恥は捨てろ! マネージャーがかかってるんだぞ!
「今回、あんま良くないらしくて」
「............そうなの?」
不思議そうな顔のレナ。
一先ず、茶化されたりはなくて安心した。
「それで............その、どうすればいいかなって」
「こっから上がるの待ってればいいじゃん」
「あと一週間もないんだぞ?」
「22日にライブもあるし、そこで伸びるでしょ」
俺の相談にはいまいちピンと来ていないのか、的外れな返事ばかりを返してくる。
お前なぁ、こっから伸びるとか、俺の順位見てから言えよな。19位だぞ? 19位。去年より16位も下だ。あー、だめだ。言ってて悲しくなって来た。
「もういいや、自分で何とかするから」
「な、なによ! せっかくボクが相談に乗ってあげたのに!」
一人称「ボク」なのに女口調って......なんでこんなイロモノが一位なんだろう。ヒロインズ大丈夫か?
そうだ。よく考えてみれば、レナもあずさも龍虎さんもヒナも、ついでに桜ノ宮も、人気アイドルというのはどいつもこいつも総じて人格破綻者しかいない。真っ当な感性を持つ常識人の俺では、いくら「メスガキ+語尾にニャン」という男の下半身に直に投票を呼びかけるキャラだろうと、勝ち抜くのは無理があったのだ。
「ちょっと俺、性格悪くなってくるわ」
「よく分かんないけど、ちびは今でも十分性格悪いからやめた方がいいと思うよ」
「こっの、クソガキ......!?」
「あ、怒った? ねえねえ、怒った?」
こ、こいつ! 俺からメスガキ奪いやがった!
大体、普段から俺のことチビ呼ばわりしてるくせに、お前の方が普通に身長低いんだよ!
「お前なあ! 珍しく真面目に相談してんのにーー」
「ボクだってマジメに答えてるし! 大体、そんなに人気を気にするならあの変なキャラやめればいいじゃん!」
「変なキャラとはなんだ! あれは男性心理学に基づいた男から見た理想のアイドルで!」
「それってどこの男? ソースあんの?」
俺だよ!
「このっーー」
「ばーかばーか!」
怒って捕まえようとした俺の手をするりと避け、ドア前で幼稚な煽りを披露してくれるレナ。俺が何かを言う暇もなく、可愛らしく小さく舌を出した後、そのまま走っていってしまった。
「ほんとっ、あのクソガキ......」
「......ア、アアッ............」
「うわっ! なんだ!?」
びっくりした! そっか、ヒナいたのか。
最初からずっと同じ場所、ダンスルームの隅で、最初に来た時とずっと同じ姿勢、体育座りのまま。
「............ちょっと......元気、なった?」
心なしか、微笑んだ表情で。
「べ、別になってねーし」
何となく気恥ずくて、俺は目を逸らすのだった。
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