後編




『みんな、今日はありがとー! あずさ、とっても楽しかったよー!』

『みんなも、楽しんでくれた?』


 レナの問いかけに、その何百倍もの熱量で雄叫びが返ってくる。ヒロインズの所有する中でも1番大きな劇場が、まるで巨人が足踏みをしたかのように揺れた。

 初めてアイドルのライブに行った時、客席でそのパフォーマンスに感動して、圧倒された。全身に鳥肌が立って、魂が震えるような錯覚に襲われた。でも、今自分がステージの上に立つ側になってわかることがある。それは、ライブでナニカを受け取るのは、なにも客側だけじゃないってこと。俺たちアイドル側だってこの熱量に圧倒されて、魂を揺さぶられて、高めれる。


『うちも楽しかったぞー!』

『あ......その、あっと............えっと、はい』

『はは! なんだよ、それ』


 惜しむらくは、今日の演目はここでおわりということか。


『それじゃあオタクくん達、また会うニャー☆』


 幕が降りる。


「みなさん、お疲れ様です」

「マネージャーさんも、お疲れ様でーす」

「おつ」

「あー、早く帰って酒飲みてーわ」


 限界まで酷使してアドレナリンだけで動いていた体にどっと疲れがきて、今はもう歩くのすらだるい。あー、こんな日こそさっさと帰って銭湯行きたい。二時間ぐらい粘って女体を堪能してやるのニャ。


「あ、すみません。莉音さんは残ってもらってもいいですか。なんでも、雑誌の打ち合わせがあるとかで」

「えー!? なんでニャーだけ!?」

「ちび、それやめて。きもちわるい」

「うっさい、黙るニャ」


 流石の俺も三時間これで通してると引っ張られるんだニャ......引っ張られるんだよ。


「あー。あー、あー。よし、戻った。それで?」

「来月号の『アイドル世代』のインタビューをお願いしたいそうです。なんでも、ライブ後の生の声を聞きたいとか」

「はー? 別にそんなん、やらせでいいだろ」

「それが、そういうわけにもいかないんです。編集の方がうちのスポンサーと知り合いだそうで、断るに断れなくて......私も挨拶回りが終わったらすぐに向かいますので、どうかよろしくお願いします」

「わーったよ。マネージャーのせいじゃないんだから、そんな申し訳なさそうな顔すんなって」


 まだ若いのに、こんなメンバー押し付けられて朝から晩までオーバーワークに耐えてもらってんだ。俺にできることならやってやろうじゃねえか。


「服は衣装のままでいいのか?」

「はい、大丈夫だと思います。あの、本当にすみません。今度必ず埋め合わせはしますので」

「だーかーら、マネージャーが気にする必要ないって。ニャーはお仕事だーいすき! もう少しだけ、頑張るニャ☆」

「すみません、よろしくお願いします」

「ちっ」


 おいクソガキ。舌打ちすんな。


「では、莉音さん以外は私と一緒に挨拶回りで」

「「「はーい」」」

「は............は、はい」


 じゃ、行ってくるとしますかね。






◯ ◯ ◯ ◯ ◯






「こんにちは! freaksの紫莉音です、よろしくお願いします! ニャー☆」


 ヒロインズに入って真っ先に学ぶこと、それは、挨拶をしっかりすることだ。挨拶は本当に大事。失礼な挨拶は相手に嫌な印象を与えて仕事をやりにくくするし、逆にきちんと弁えた挨拶なら自分のペースに持っていくことだってできる。1番大切なのは、時と場合を弁えることだ。

 社会人だった前世なら挨拶で『ニャー☆』なんて頭沸いたことやってたら絶対にクビだったけど、今回はこれでいい......はず。インタビューだし。対談形式だったら挨拶の部分から切り抜かれてたりするからな。アイドルなんて、猫かぶってなんぼ。あ、今うまいこと言ったニャ?


「ホリデー出版『アイドル世代』担当記者の田中です。本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」


 机に腰掛けて深々とお辞儀をしたのはーーなんか、こちらが心配になる程顔が青い女性だった。ライブ終わりの俺より息が荒いし、何かを警戒するようにキョロキョロしていて常に落ち着きがない。


「えっと、大丈夫ですか......ニャ?」

「な、何がですか!?」

「いや、顔が青いから......」

「あ、いや......はい。大丈夫です」


 ハンカチを出して何度も額を拭う。

 そのまま震える手で録音機を机に置いた。


「えっと、ライブどうでしたか?」


 ............え? これもう始まってるやつ?


「そうですニャー、今日も沢山のオタクくん達が来てくれて、ニャーとしては満足かニャ?」

「あ、はあ。そうですか」


 その微妙に引いた顔やめろ! 俺だって好きでこんなキャラやってんじゃねえんだよ!


「えっと、じゃあーー」


 そんな調子で10分ほどインタビューを受けた、その時だった。


「いやー、ごめんごめん。遅れちゃった」


 ヒロインズなら間違いなく0点の挨拶。

 遅刻してくる時点でポイントマイナス。敬語を使ってないなんてありえないし、どかっと対面のソファに腰掛ける様子には優雅さのかけらもない。


「うん、思った通りだ」


 無遠慮に俺の顔を覗き込んで、気持ち悪い笑みを浮かべるプリン頭の男。鼻にかかる丸サングラスが最高にうさんくさいそいつは、


「あ、ども。ホリデー出版の衣津です。よろしく」


 無造作に机の上に名刺を放り投げた。


「あの、衣津さん? 困りますニャア、許可証をお持ちで無い方はインタビューに同席できない決まりになっておりますニャ」

「許可証って、これのこと?」


 ーーありえない。


「少し、拝見してもいいかニャ?」

「どーぞどーぞ」


 本物だ............多分。

 おかしい。マネージャーが同席しない時は、基本的に一人分しか発行しないはず。そもそも、男ってだけでアウトだ。不潔な外見でツーアウト。


「田中さん、この方はーー」


 あー、なるほど。


「田中さん。あなた、許可証は?」

「............ひゅっ」


 犯人はお前か。


「田中さん、衣津さん。許可証の譲渡は事務所のルールで禁止させてもらっています。申し訳ありませんが、今日のインタビューは中止ということにーー」

「えー、いいじゃん。ほら、田中。お前もういいよ」

「は、はいっ。失礼しました」

「ほら、これでいいでしょ。俺は許可証持ってんだから」


 チッ......さてはこいつ、話通じない系か。

 そして、この状況もかなりまずい。記者の女も出ていって、部屋にはこの男と二人きり。何をされるかわかったもんじゃない。


「だから、それはあなたに発行されたものじゃないでしょう。警備の人を呼びますよ?」

「えー、冷たいなぁ。莉音ちゃん、あのニャアってやつもうやめちゃったの? せっかく可愛いのに」

「生憎、俺が媚びるのはオタクくん達だけなんで」

「ハハッ! まさかの俺っ娘! いいじゃん。それはそれで好きだよ、俺。でも、いいの? 俺、おたくのスポンサーとはマブダチよ? ホリデー出版の社長の息子で、あんたらを今後どう書くかも俺の自由。もっと媚びたほうがいいんじゃない?」


 なにを言うかと思えばーー。


「お前、そんくらいのことで余裕ぶっこいてたのか? 馬鹿じゃねぇの? あのな、俺がこの世で1番嫌いな言葉は『忖度』なんだよ。馬鹿なこと言ってる暇あったら、さっさとここから出てけ」

「............ふーん」


 プリン頭のニヤけ面が崩れる。どうやら、ご自慢の権力攻撃が効かなかったことに大層ご立腹らしい。

 はあー、なんだよ。しょうもな。これなら昔あずさに粘着してたキモいストーカーの方が未だ手強かったぞ。これまではそのやり方でやり込めてきたのかも知らんが、この俺をそこらの女と一緒にしてもらっては困る。


「ほら、インタビューとやらはもう終わりか? だったら出ていってもらおうか。俺は忙しいんだよ」


 そういえば、これってもしかして、枕営業の誘いにあたるのだろうか? 芸能界で何年かやってるけど、何気に初めての経験だな。本当にあるんだな、こういうの。売れてる奴に対する僻みだとしか思ってなかったわ。

 こうなってくるとあるんじゃないか?


『俺より人気投票高い奴全員枕説』


 だっておかしいじゃん! 明らかに俺がヒロインズで一番顔がいいし、ダンスだってヒナと並べるのは俺くらいだ。さらに歌だって上手いーーなのに、前回の人気投票は六位。

 おかしいだろ。パーフェクトアイドルの莉音ちゃんが六位だぞ? あずさとレナはまあうちのグループだし外面いいから抜かすとして、三位になったやつとか何の特徴もないのに今年卒業するってだけで票数稼いでたからな。あれ絶対枕だろ。


 この俺が『メスガキ+語尾にニャン』という男の下半身を刺激するミラクルコンボ使ってなお六位なんだぞ!?


 おかしい。これは絶対におかしい。今度是非とも問い詰めなければならない案件だ。そうと決まればもうじっとしてはいられない。


「もういいや、俺が出てく。じゃあな」


 ていうか、最初からこうすればよかった。


「おい、待て。これを読め」


 もはや取り繕うこともない、イラついた態度でプリンが机に紙束を叩きつけた。チラッと見れば、未完成の記事の原稿っぽい。どこかのアイドルのスクープがでかでかと特集されていた。

 まあ、無視するんですけどね。


「ちっ............怪物達の隠された素顔に迫る! 赤井あずさ、明るいムードメーカーの仮面の裏に自傷癖!? 青峰レナはネットでは有名なあの暴言厨〇〇と同一人物! 黄山龍虎、未成年飲酒で補導された過去とは!? おら! これでも知らん振りすんのか? あ!?」

「............出鱈目だな」

「じゃあ確認してみるか? 少なくとも、こっちは赤井と青峰の裏垢をもう特定してあるんだよ」

「証拠は?」

「名刺の裏、見てみろよ」


 ノータッチだった名刺をひっくり返し、メモされているSNSのアカウントを開く。ついでに新着通知が一件、マネージャーからだった。


『今どこにいますか? 先に事務所に戻ったんじゃなかったんですか?』


 舌打ちを一つ。多分、事務所にグルがいる。俺はこの劇場から一歩も動いてないのに、事務所にいるわけねぇだろうが。かなりきな臭くなってきた。今の状況をマネージャーに知らせるべきか迷うけど......まずはアカウントの確認が先だ。


『あか(1日前) 明日は本番。かんばるぞー』

『あか(1日前) 寝る前はいつも不安になる。こんな時、りおんちゃんがいてくれたらいいのに』

『あか(6時間前) 緊張で吐きそう。期待を裏切りたくない。足を引っ張りたくない。死にたい』

『あか(5時間前) りおんちゃんが死ぬまでは死なないようにがんばる』


 なるほど。


『戦慄の青姫(2日前) 何でこのゲームクソガキしかおらんの?』

『戦慄の青姫(2日前) アンチ乙。俺たちの女神うみなちゃんは恋愛なんて絶対しないしトイレも行かないから。はい、論破。何で負けたのかry』

『戦慄の青姫(2日前) いい感じに燃えてて草。対立煽りたのちい』

『戦慄の青姫(2日前) 明後日ライブ......でもFPSやめらんないんだけどww』


 あーね。

 終わったじゃん、freaks。


「それで? こんな偽物晒して何が言いたいんだ?」

「偽物? ハハッ、これが偽物かどうかは、莉音ちゃんが一番よくわかってるだろう?」


 一応シラを切っては見たけど、やっぱりこっちの旗色が悪いか。どうすんべ、これ。 


「あーあ、これがバレたらおたくらは解散だね」

「このデマを掲載するようなら法的措置もーー」

「だから、それやって困るのはあんたらでしょ?」


 ............何勝ち誇ってんだよ。殺すぞ。


「どうしよっかなあ。莉音ちゃんが誠意を見せてくれれば、俺だってこの記事を取り下げるよう、編集部に連絡するのになあ」

「お前の言う誠意が何を指すのか、一応聞いておいてやろうか」

「本当にわかんないの?」


 ここに来て、露骨な視線を隠さなくなってきた。

 俺は未だにステージ衣装。強調するようなデザインの胸や、短いスカートを無遠慮に見つめられ、ライブの時とは違う意味で鳥肌が立った。アンスコ着てるにしても心許ないし、単純に生理的に気持ち悪い。女になってから意識するようになった男の性欲を帯びた視線は、ヘドロのように粘っこく絡みついてきて非常に不愉快だ。物理的な重さを伴っているかのように錯覚するときすらある。


「............話にならないな。いつも明るいあずさが、いつも冷静でクールなレナが、こんなことを書くはずがない。デタラメを書かれた所でfreaksは揺らがない」


 あくまでも否定する態度を崩さない俺に、学歴ロンダリングしてそうなプリン頭は首を捻った。


「あれ? おかしいな、流石に1年間ユニットメンバーをしてる莉音ちゃんは二人の性格も知ってると思ってたんだけど............もしかして、本当に知らないの?」


 知ってるに決まってるだろうが! こっちは現在進行形で迷惑かけられてんだよオラ! 

 喉元まで出かかった言葉を気合で飲み込む。


「............じゃあさ、これが出回ったらあずさちゃんとレナちゃん、ついでに龍虎ちゃんはどうなるかな? それが真実かどうかは置いといて、ダメージは避けられないんじゃない?」

「freaksはーー」

「揺らがない。なんてのは嘘だよ。あまり俺たちの力を舐めてもらっちゃ困る」

「............脅迫か?」

「そんな! 人聞きの悪い。俺はfreaksのーー特に莉音ちゃんの大ファンなんだ。ただ......俺は莉音ちゃんとキモチイイことが出来て、莉音ちゃんは今まで通りのメンバーで活動できる。そんなwin-winな関係を築きたいだけなんだ」


 立ち上がり、ゆっくりとした動作で俺の座るソファに近づいてくるーーヤバい!


「おっと、それで叩くのは無しだよ」


 ティッシュケースに触れた手を掴まれる。

 俺はゆっくりと、プリン男......衣津と目を合わせながらその手を離し、ソファに座り直した。衣津は、俺のすぐ隣、奴が付けている趣味の悪い整髪料の匂いがわかる位置に座っている。肩を組まれ、その露出した部分を無遠慮に撫でられ、気持ち悪くて吐きそうだった。


「ねえ。もしこれを、あずさちゃんやレナちゃんに持っていったら、二人はどういう反応をするかな?」


 そんなの、勝手にしろ。

 頭の中ではそう思っているのに、言葉には出ない。あずさの明るいムードメーカーなキャラも、レナのクールで無口なキャラも、二人が俺たちと一緒に作り上げてきた財産だ。できることなら、残してやりたい。

 裏垢にあった、あずさの固定された投稿。


『あか(2/22) 生まれてきてくれて、ありがとう』


 その日は、俺の誕生日だった。

 あずさは日付が変わった瞬間にチャイムを鳴らして祝いに来てくれて............正直、重いと思ったしその発想にドン引きしたけど、やっぱり嬉しかった。人間関係上手くいってなかった俺が、家族以外に初めてしてもらった誕生日パーティーだった。

 レナも言うこと聞かないクソガキだけど、


『戦慄の青姫(5分前) やっぱ踊ってる莉音は最高にカッコいい。ボクの人生を変えただけはある』

『戦慄の青姫(5分前) だからマジであの謎キャラはやめて欲しい。なんで事務所はカッコイイ系で売り出さなかったんだ。ヒロインズ無能すぎる』


 まあクソガキか、こいつは。

 可愛いじゃん、猫キャラ。ラ◯ライブだって凛ちゃんが一番可愛いでしょ? さらに前世で流行ってたメスガキ要素も入れたら無敵じゃん。つまり、俺のこのキャラクターは、全国の男の性癖を分析して、合理的に計算した結果なんだよなあ。まあ、子供には分からないか............まだ子供なんだよなあ、レナは。

 荒れたゴツゴツとした手が、肩を下がり、腋をするりと撫で、太ももを擦る。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。でも、やっぱりーー。


「............二人のところに行ったら、殺す」


 ーーあずさやレナには、こんな思いをして欲しくない。


「ふーん。そんな脅しで俺が止めると思う?」

「わかってる」

「へえ、じゃあどうするの?」


 こんな絶好のチャンス、逃す手はない。俺一人が我慢してそれで済むなら、いいじゃないか。それに、頭を使って喋るのにも飽きてきた所だ。体を動かすにはちょうど良い。





















「さっさと脱げよ、下衆野郎」






◯ ◯ ◯ ◯ ◯






 俺が劇場を出ると同時に、正面に黒塗りのバンが止まった。多分事務所の車だが、さっきあんなことがあったもんだから、思わず警戒して体が固くなる。


「莉音ちゃん!!」


 そんな俺に、勢いよく抱きついてくる柔らかい感触。


「あずさ、お前どうして............」

「莉音さん、無事ですか!?」

「マネージャー」


 ぼけーっと見てるうちにわらわらと車から人が降りてきて、


「............ちび、あんた」

「莉音」

「あ、あの......おそくなって............」


 気づけば、freaks全員集合だった。

 あずさなんか俺に抱きついたまま泣き出していて、明らかにただ事じゃない。せっかく着替えた服なのに、もう涙と鼻水で汚されてしまった。


「え、どしたん? なにごと?」


 誰もが深刻そうな顔をしていて、正直気まずい。


「すみません。すみません。私のせいで、本当にごめんなさい............」


 マネージャーはこの通り使い物にならないし、そもそも何でお前らまだ帰ってないの?

 レナもずっと目を逸らしていて、結局、口を開いたのは最年長の龍虎さんだった。


「挨拶回りが終わって事務所に戻った後、ヒナが劇場から戻ってくるお前を待つって言うからみんなで待ってたんだよ。そしたら、マネージャーが来てお前がもう事務所に戻ってるって言うじゃん? でも、ヒナは劇場にいるはずだって。そんで............」


 それっきり口をつぐんでしまう。チラチラあずさの方を伺っていることから、あずさに配慮してどこまで喋っていいか分からないということだろう。


「あずさ、俺は気にしないから」


 頭を撫でて、喋るように促す。


「............あずさのこと、嫌いにならない?」


 帰ってきたのは、そんな子供みたいなセリフと、情けないくらい涙目の上目遣いだった。


「それは内容による」

「はあっ、はあっ......はあっ、はあっ......」


 過呼吸になるのは流石に予想外だったわ。

 普通、「じゃあ、話さないもん」とかじゃないんか。斜め上すぎるだろ。


「嘘だよ、嫌いになったりしない」

「............あずさのこと、見捨てない?」


 それまだやるの?

 てか、そんだけ保険かけないと言い出せないって何隠してんだよ、お前。ほら、キリキリ吐け。


「今すぐ喋らなかったら嫌いになるし見捨てる」

「あずさ莉音ちゃんの鞄に盗聴器かけてました!」


 はやっ! てかーーえ?


「それで、よく聞こえなかったんだけど、莉音ちゃんが男の人と言い争ってるのが聴こえて......あずさたちのせいで、脅されてて............ごめんなさい、ごめんなさい。お願いだから、嫌いにならないで」


 なるほど、それでレナは生徒指導室に呼び出された中坊みたいな態度だったのか。


 ていうかーー。


「そんなんあるんだったら、最初から教えてくれればよかったのに」

「............え?」


 目を丸くするあずさに、俺はポケットからレコーダーを取り出した。田中さんが置いてったやつで、ティッシュ箱の裏の見えにくい場所に設置してるから不思議に思ってたんだけど......多分、衣津の奴部下に好かれてねえな。


『............脅迫か?』

『そんな! 人聞きの悪い。俺はfreaksのーー特に莉音ちゃんの大ファンなんだ。ただ......俺は莉音ちゃんとキモチイイことが出来てーー』


 この通り、ヤバイ所もしっかり録音できてるし、


『いつも明るいあずさが、いつも冷静でクールなレナが、こんなことを書くはずがない。デタラメを書かれた所でfreaksは揺らがない』


 俺は最後まで偽記事(本物)に書かれた内容について否定している。俺、機転利きすぎ? もしかして、天才? 正直、かなり頭使ったわ。

 てか、それならこいつら全員ある程度知っててここにいるってわけか。なるほど、どうりで深刻そうな顔なわけだ。一歩間違えれば、大炎上の危機だったわけだからな。


「安心しろよ。仮にお前らバカ二人の裏垢が流出した時は、衣津が俺をハメるために作った自作自演つってしらばっくれればいい。あ、ちなみに今のハメるには罠にハメると性的にハメるの二つの意味があったんだけど......お子ちゃまたちには難しかったニャ?」


 パン!


「え、いったぁ」


 なんで? なんで今俺殴られたの?


「ばか! ボクはっ......ボクはっ、ボクのせいっ、でぇっ............りおん、があっ、ひどい目にあったらって......っ......あああああああああああ!!」

「え、なにお前。泣いてんの?」

「ないてないいいいぃぃいいい!!」


 驚いた。ここ最近反抗期で俺を「ちび」呼ばわりしていたクソガキが、久しぶりに「りおん」って名前で読んだこと。身長相応に泣きじゃくって、あずさと一緒になって俺に抱きついてること。

 俺が思うより、俺はレナに嫌われてはいなかったのかもしれない。


「えっと、じゃあ、その......莉音さんは清い体のままで?」

「あ、その件なんだけど。あの下衆野郎ーー衣津の全裸写真マネージャーのパソコンに送っといたから」


 マネージャーがひゅっと息を飲み込んだ。あずさとレナの動きも止まり、龍虎さんが引き攣った表情のまま固まった。

 まるで、空気が凍ったかのような沈黙。


「コロス......コロス............ゼッタイコロス」


 え、どしたの? ヒナちゃん、怖いんですけど。


「ぶん殴って裸に剥いたはいいけど、やっぱ俺のスマホにち◯こ写真あんのは不快だし......あの仕事押し付けてきたのマネージャーだし、そんくらい受け取ってくれてもいいじゃん」

「ぶん殴って?」

「裸に剥いた?」

「いや、だって。録音だけじゃなんかまたちょっかいかけてくるかもしれないし、なんか他にもあった方が良いかなって......ヤンキーとかが良くやってるじゃん、ほら」

「じゃ、じゃあーー莉音さんは無事だったんですね!?」


 マネージャーが凄い勢いで詰め寄ってくる。

 女の子三人に密着されて嬉しいけど、さすがに暑くなってきた。あと、普通に力が強い。離して欲しいんですけど。

 ていうか、無事? 俺は見ての通りなんの傷も............あ、なるほど。え、どうしよう。聞きたいことはやっと理解できたけど、なんて答えればいいのかわからないぞ。えっと......その。




「俺は処女ですが?」




 ーー再び、空気が凍った。

 うん、そうだよな。これはない。この言い方はないわ。


「......ア、アアッ............」


 ヒナちゃん、それどう言う反応?


「いや、俺があんな三下にヤられるわけないだろ。本当にやばくなったら叫んで警備の人呼んだって。それに、お前らを庇うために俺がヤられたら、本末転倒じゃん。今度はそれで脅されるかもしれないし。そんなこと俺がするわけないだろ?」

「はぁ......ちびならやりかねないって思ったのよ」


 レナが呆れたようにため息をつく。さっきまで泣いてたからか、その声はまだ湿っぽい。


「莉音ちゃんは優しいから。あずさたちのために、自分を犠牲にするんじゃないかってーー」

「はあ? 俺が一番嫌いな言葉は『自己犠牲』なんだぞ。そんなこと、するわけないだろ」

「「「「嘘!(だ!です!)」」」」


 ヒナ以外の四人が口を揃えて叫ぶ。

 もう車も走っていないほど遅い時間だったからか、その声は思った以上によく響いた。


「あずさのストーカーの時も、うちの元カレが押しかけてきた時も、今回も。グループがピンチの時、先頭に立って戦ってくれたのはいつも莉音だった。嬉しかったし、頼もしいけど、心配なんだよ」

「それは、お前らが馬鹿だからじゃん」

「「「うっーー」」」


 今回スクープされた約三名と見事に騙された方約一名がビクッと肩を揺らす。


「うちは、過去にやらかしたことが返ってきてるので、これからは心を入れ替えますとしかーー」

「じゃあとりあえず禁煙からだな」

「そ、そんな。うちの唯一の楽しみが」

「あずさは、あずさは......うっ、おえっ」


 お前メンタル豆腐すぎんか?


「あずさは俺と一緒に成長してこうね。とりあえず、SNSのアカウントには鍵をかけることからかな」

「......っ! うんっ! 莉音ちゃん大好き!」


 俺たちの視線は、自然とレナに向かう。


「ボクだって、今回の件は反省してる。あのアカウントは消すし、もうネットはやめるよ」

「それだけか?」

「え?」

「お前、裏垢で俺の悪口言ってただろうが。言っとくけど、俺は根に持つタイプだぞ。謝るなら今のうちだ」

「うっ......あれは、悪口とかじゃなくて............そ、その............」

「その?」

「ボクが、りおんをーー」

「レナが、俺を?」

「ーーッッ! もういい! お詫びになんでもします! これからはりおんのいうことなんでも聞きます! これで満足?」


 なんでちょっと逆ギレ気味なんだよ。


「ちなみに、なんでもって?」

「ちっ......なんでもはなんでもよ」


 頬を赤くして、ぷいと顔をそらすレナ。

 エロいことはOKか否か。それが問題だ。


「わ、わたしは............」


 この流れでマネージャーも話すのかと思いきや、口を開いたのはヒナ。


「アト、シマツ............がんばり、が、がんばっ......」


 ん?


「がばりまっ!」

「あ、うん」


 アトシマツ? って、なんだ? アトシマツ............漢字にすると、後始末か? なんの? 


「もしかして、あずさのストーカーと龍虎の元カレがシベリアに飛ばされたのって............」

「............んきゅ?」

「それどっち? 本当に知らない奴? それとも惚けてる奴? え、怖いんだけどお前」

「............んきゅ?」

「可愛い。誤魔化されちゃう」


 ペースを乱されたけど、最後はマネージャーか。

 事務所がぐるっぽかったし、マネージャーも一瞬疑ったけど......よく考えたら、今までずっと女手一つでユニットを支えてくれたマネージャーが裏切るわけないか。

 まるで聖書にある罪の告白を行うかのように覚悟を決めたその顔には、今日も深い隈が刻まれている。それは彼女がどれだけ真剣に俺たちと向き合ってきてくれたかの証だ。俺たちの担当は望んで引き受けたわけじゃないだろうに、朝一番早くきて、練習後は全員を車で送ってから帰る。


「マネージャーは、この後焼肉奢りだからね」

「え、いきなり!? いや、それくらいの罰はもちろん受けますけど......莉音さんは、それでいいんですか?」

「大丈夫、俺の味わった精神的苦痛は事務所のグルだった奴その他マネージャーに全部仕事押し付けてしらんぷりしてる上層部に倍にして返すから」

「あ、はい......」


 うん、こんなもんかな。


「じゃ、焼肉行くか」

「「「「「おー!」」」」」

「ふりーくす、いくぞー!」

「「「「「がおー!!」」」」」


 ボーナスタイムは、延長ってことで。



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