第44話 失神

 ユータス侯爵とりあえず自分の部下三名に後を追うように命ずる。

 外に飛び出し屋敷の敷地の裏側に回ったジェフリーとバッツの二人は生け垣が踏み荒らされ途切れている場所を発見した。

 ちょうど人の幅の分だけ裏通りが見通せる。

 通りの向う側の石壁には何かが激しくぶつかった形跡があった。生け垣と同じ植物の枝葉が大量に落ちている。

 壁に向かって左の方には点々と枝葉が続いていた。

 その後をたどって駆けていきながらジェフリーはバッツに説明する。

「姫様は蛇が嫌いというか怖いんだ」

「あの化け物みたいに強い姉さんが蛇を? 一応は女というか人間だったんだねえ」

 あまりにひどい評価だったが、ジェフリーは無言で足を動かす。

 しばらく走っていくと町はずれでしゃがみ込み頭を抱えて震えているナタリーを発見した。

 町の住民が遠巻きにしている。

「姫様。お気を確かに。もうは居ません。大丈夫です」

 蛇という言葉を使わないようにという配慮までしていた。

 ガタガタと震えるナタリーにジェフリーは声をかけ続け、肩にそっと手を乗せる。

 幼子に言い聞かせるように言い聞かせた。

「もう大丈夫です。あれは僕が追い払いました。もう居ないんです」

 振り返るナタリーの目から涙があふれている。

 がばと抱きついたナタリーは声を殺して泣き続けた。

 押し倒されそうになりながらもなんとか耐えたジェフリーは落ち着かせようと声をかけ続ける。

 その間にバッツは如才なくやじ馬を追い散らし始めた。

「はいはい。これ以上留まるなら見せ物代頂くよ」

 そうこうするうちにユータス侯爵の部下たちも駆けつける。

「馬車を寄越してもらえませんか?」

 声を絞り出すジェフリーの肩を枕にして、ナタリーが意識を失っていた。疲れたのか、安心したのか。顔を強張らせて血の気が引いている。

 ユータス侯爵の部下は元来た道を引き返していった。

 残りの二人とバッツでやじ馬を散らしつつ、ナタリーの身を守る。ジェフリーはナタリーの体を支えるので手いっぱいだった。

 白くなったナタリーの顔とは対照的に、顔を赤くして耐えている。大柄なナタリーの体は重く、意識がないせいでぐにゃりとしており抱えにくかった。

 もう限界というところで馬車が到着する。

 馬車を呼びに行った者は気が利いたらしく、ズーラを連れてきていた。

「どうしたのです?」

「ひ、ひどく興奮しただけで、怪我をしたわけではないと思います」

 ズーラはナタリーの首筋に手を当て様子を確認すると馬車に乗せることを許可する。

「動かしても大丈夫でしょう。ここは人目がありますから、ひとまず宿へ」

 総出でナタリーを馬車に乗せた。

 ズーラとジェフリーが同乗し、バッツは屋根によじ登る。残りの三人はステップに足をかけて手すりをつかんだ。

 馬車は町中を走り館の車寄せに横付けされる。

 やきもきして出迎えたユータス侯爵の指示で、ナタリーは部屋に運び込まれた。

 ベルトを緩めてあった胸甲を外すとズーラは腰に手を当てる。

「さあ、他の方は出て行ってください」

 カトリーヌだけは残ることを許して、他の者を追い出した。

 胸元をくつろげるとナタリーの横に座ってズーラは祈りを捧げ始める。

 カトリーヌは水にぬらした布でナタリーの顔や首筋の汗をぬぐってやっていた。

 相変わらず手ごたえを感じにくいナタリーの体を訝しく思いながらもズーラは祈りを捧げ続ける。

 しばらくするとナタリーの呼吸がゆるやかになった。血色も戻り安らかな寝息を立てるようになる。

 涙の跡の残る顔は大きな体に似合わず、あどけない表情を見せていた。

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