第十章 ニカポリスの都
第45話 報告
姫君たちを乗せた車列がニカポリスの町にたどり着く。
煉瓦造りの城壁に開いた門をくぐり抜けた。城壁は厚みも高さもかなりのものだ。
さすが交易都市としても栄えるニカポリスだった。通りには人が溢れており、車列を通すための兵士たちは大汗をかいている。
シルバーアロウの背から眺めるナタリーの目にはまるで様々な色の絨毯が波打っているように見えた。
町中は日差しが強く少々乾燥気味で人々はなるべく日陰を歩いている。
大勢の人の熱気を川からの風が吹きとばした。
ニカポリス自体は海に面していないが、すぐそばを流れるユータス河を遡ってきた船が何艘も港に接岸している。
日焼けした肌とは一線を画す黒い肌の姿もちらほらと見えた。
姫君に同行しているズーラと同じカルトゥーツ人だろう。ニコシア帝国の南方の大東海のさらに南に位置する大陸に多く住んでいた。
商売に熱心で、カルトゥーツ人の多いところには富ありとまで言われている。
その姿が垣間見えるということでもニカポリスの殷賑さが伺えた。
道はやがて町の中心にある宮殿前の広場に差し掛かった。
広場の両脇に立ち並ぶ露店の呼び込みの声がかまびすしい。
河から引き入れた水をたたえた堀の方へと車列は進んでいく。
鎖でつないだ舟の上に渡された板でできた橋の上をユータス侯爵が進んだ。
両開きの門が開かれて中へと進んでいく。馬車がその後に続いて、ナタリーも門をくぐった。
中に入ると景色が一変する。
色とりどりの花がそこかしこの花壇に咲き乱れ、その濃厚な香りが異国情緒をかきたてた。
建物の壁もレンガがむき出しではなく白と青い陶片のモザイクがびっしりと覆っている。鮮やかな色が木々の緑と対比をなしていた。手すりや欄干は金色の光を放っている。
その場で弓矢とナタリーのグレイブは警備の者に預けるようにユータス侯爵に指示された。
ここ外宮では腰の剣を外すことまでは要求されないが、皇帝の執務場所や私的なエリア、ハレムを含む内宮ではすべての武器を預けなければならない。
ナタリーは仕方なく武器を預けた。
ユータス侯爵の案内で馬車は進み、独立した一棟ごとに止まっては姫君を降ろしていく。
全員の姫君が所定の建物に収まったのを確認し、ご機嫌伺いの一巡を済ませるとユータスはその足でアーデバルトの屋敷に向かう。
主の部屋に通されるとキラキラとした目に迎えられた。
「ゲオギロス。ご苦労だった。姫君たちは恙なく到着したようだな」
「はい。皆さまそれぞれの棟でお休みになっておられます」
厚い絨毯の上に座り大きなクッションに身を預けていたアーデバルトは手招きする。近くに寄ったユータス侯爵に手近な別のクッションを投げて渡し寛ぐように勧めた。
「それで、なんでナタリーはあんな格好で馬に乗っていたんだ?」
「ご本人のたっての希望でしたので」
「それを止めるのもお前の仕事だろ」
「ナザール側の引率責任者も口添えしましたし」
「帝国内ではこちらの流儀に従ってもらうよう告げればいいだけじゃないか」
「最後はナタリー様が馬車に押し込むなら力づくでやってみろと仰いまして。申し訳ございません」
ユータス侯爵は頭を下げる。
「さすがに武器を使うのは控えて無手で手合わせいたしましたが、打ち負かすことができませんでした」
アーデバルトは手を打って笑う。
「帝国随一と言われるゲオギロスでも勝てなかったのかい。それは凄いな」
「私が負けたわけでもありませんが。それに閣下の大切な花嫁候補に大怪我をさせるわけにはいきませんので」
ユータス侯爵は腕をさすった。
戦った際にはお互いに痣をいくつか腕や足にこさえている。パワーとスピードで押してくるナタリーの攻撃をユータス侯爵は全ていなし切ることができず、ナタリーは反撃をかわすことなく受け止めていた。
掌に視線を落とす。
ものの弾みでナタリーの胸を鷲掴みにした件はやはり黙っておこう。ユータス侯爵は興味津々に話を聞くアーデバルトを見ながら考えた。
手合わせしたときの二人の痣そのものはズーラとユータス侯爵の部下の神官の神法によりとっくに消えている。もっともナタリーの治療にはユータス侯爵の何倍もの時間を要し周囲をやきもきさせた。
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