第40話 慰撫
ユータス侯爵が口をつぐんだので、ナタリーは兵士たちに向き直る。
「この間、色々あったが、とりあえずこの場所まで無事にたどり着くことができた。諸君らの働き感謝する」
周囲の兵士から次々と砕けた感じの声が上がる。
「俺達はそこまでのことは何もしてないんですがね」
「まあ、姫様のお陰で国に戻ってもどやされずにすみますよ」
「それなのにこんな風に酒と料理を振る舞ってもらっちゃって申しわけない気分です」
「ぜひ、また姫様の下で働きたいですな」
「馬鹿。それじゃ、姫様がお妃に選ばれねえってことになっちまうだろ」
「てめー何言ってやがんだ。国賓として訪問されることだってあるだろが」
つかみ合いになりかけた二人の兵士がユータス侯爵の氷のような目線に固まった。
ナタリーは楽しそうに笑う。
「元気が良いのはいいことだ。だが、その口は言い争いよりも、私の感謝の気持ちを飲み食べするのに使って欲しい。また諸君らと肩を並べる機会があることを期待している」
兵士たちは一斉に右手を右眉にあて敬礼をした。
ナタリーも同じ礼を返すと、ユータス侯爵を促して外へ出る。後ろにはジェフリーとバッツが従った。
ユータス侯爵はナタリーの軽率さを咎めようという気が失せている。兵士たちとここまで固い紐帯を築いていることに内心舌を巻いていた。
引継ぎの際に見た時は決して精鋭とは思えなかった兵士たちだったが、今の様子からするとナタリーが命じれば進んで死地にも赴くだろう。
これは侮れないな。
ひょっとすると皇弟殿下は物凄い逸材を一本釣りしようとしているのではないか? ユータス侯爵は主の慧眼に改めて尊敬の念を覚えるのだった。
◇
ナザーリポリからの兵のほとんどは帰国の途につくが、ノーラン他二名ほどはそのまま随行することになっている。誰が皇弟の妃に選ばれたのかを確かめ報告するためだ。
見回りを続けるというユータス侯爵と別れたナタリーは、そのノーランが浮かぬ顔をしているのを見かけた。
「重責から解放されたのにどうしてそんな顔をしているんだ?」
「ナタリー様。嵐の夜にミズリナ伯令嬢シャルロッテ様を一時とはいえ賊にさらわれるという失態を冒しました。恐らくその報を受けて今後厳しい処分が下るでしょう。それが気になりまして。不景気な顔をお見せし申し訳ありません」
「それなら私も同罪だな」
「いえ。ナタリー様にはご助力頂いていておりますが、本来ならば警護される側です。誰が責めましょう」
「だが、しゃしゃり出た以上は私にも責任がある。私があの時館で大人しくしていれば襲撃の際にさらわれるのを防げたかもしれない」
「その場合は潮が溢れて姫君方の不興をかったに違いありません」
「まあ、あまり思いつめるな。どれほどの効果があるかは分からないが、私からナーガ公爵に手紙を書いておく。あれは誰が任に当たっていても結果はあれ以上に良くなることはなかっただろう。ノーランが最善を尽くしたことは私が良く知っている」
実際に、ノーランはこの面倒な任務を投げ出さずによく頑張っていた。姫君たちの我儘に振り回されるだけでも相当の忍耐力がいるだろう。
私がノーランの立場ならとっくに怒鳴りつけていただろうな、とナタリーは心の中で苦笑する。
私からだけでなく、シャルロッテ姫に頼んで父親に取りなすように手紙を書くのをお願いするのもいいかもしれない。
急速に親しさを増す相手の顔を思い浮かべながらナタリーは考える。
「まあ、悪いようにはしないから、私に任せておけ」
ノーランは本心から深く感謝し頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます