第39話 軽率な振る舞い
心配する腹心に向かって安心させるようにアーデバルトは説く。
「私に何かあればそれなりに混乱が生じる。ベルティア教国は一気に攻勢に出てくるだろう。陛下は復讐に逸り立つだろうし、そこを突かれれば戦線が崩壊するおそれだってある。私に悪意を持っている連中もそこが分からないほど目は曇っていないはずだ」
「ただ、閣下が先ほどおっしゃったように激情に駆られると何をするか分かりませんぞ」
「そうなんだけどね。ただ、まだ私に手を出すという過激な手を取らなくてもまだ他に打つ手があるからね。結婚を妨害する手もあるし、子供ができるかも分からない。そこまで切羽詰まってはいないと思う」
「分かりました。いずれにせよ、くれぐれもお気を付けください」
「ああ。分かっているよ。私もできればナタリーと甘い新婚生活というやつを満喫したいからね」
「甘い新婚生活というのが想像できないのですが……」
「ああいうタイプは二人きりになると豹変すると昔から決まっているんだ」
「どこのバラッドの受け売りですか? あのロンガーネでの立ち回りをご覧になっていてそんな夢想ができる閣下が凄いと思いますよ」
「妻になればきっと変わるさ」
「それ以前に断られるという心配はしなくていいんですか?」
「この国の皇后がほぼ約束されているんだぞ。かなり魅力的と考えると思うんだが。それに俺はナザール基準で言えば見た目も悪くなさそうだと言ったのはお前じゃないか」
「そうなんですがね。他の姫君なら二つ返事でしょう。ただ、ナタリー様は正直に言うと何を考えておられるのか私には分かりかねます」
相当な変人ですからね、ということを婉曲的に匂わせる。
ユータス侯爵は直接ナタリーと話しているだけに、なんとなく、本人がこの話に乗り気でないような雰囲気を感じ取ってもいた。
「まあ、ナタリーが何を好むかそれをお前が良く探ってくれ。そういう意味でもお前が出迎えてくれた方が安心できる」
「畏まりました。それではニカポリスでお会いしましょう」
ユータス侯爵は馬を乗り換えながらドーラスの町に急行する。
その途上、ニカポリスの自分の屋敷で衣服を整えると、出迎えの警備兵を従えた。
ドーラスまであと二日か、急げば一日という途中の場で一台の馬車とすれ違う。目立たぬようにしていたが、警護のうちの一人の顔に見覚えがあった。
確かあれは……。誰付きの騎士だったろうかと記憶を探る。
振り返ってみるが、もちろん馬車の中の人物を透視できるはずもない。
訝しみながらも気晴らしに出かける皇族ぐらいいるだろうと自分を納得させ、ユータス侯爵は目先の仕事を優先することにした。
ドーラスの町でナザール王国側の引率者ノーランから警護の任の引き継ぎを受ける。
ユータス侯爵は部下を引き連れて姫君たちの逗留先の館を検分した。以前、自分で手配した館だが念には念を入れて見回る。
別棟で何やら賑やかな声がするので確認しに近寄り窓から覗いて驚いた。
先ほどまで警備をしていたナザールの兵たちが宴会をしている。もう仕事は終わったので何をしようが問題はない。
ただ、その中に混じっている人物は見過ごせなかった。
自分の主が執心するナタリー姫が兵士たちに酒を注いで回っている。
ユータス侯爵は玄関に回り中の広間に駆けこんでいた。
「ナタリー様。こんなところで何をなさっておいでです?」
アーデバルトにこのことをどう報告しようか頭が痛い。酌婦の真似事をしていたと知ったらさすがに衝撃を受けるはずだ。
「ん? ユータス殿。そんなに血相を変えてどうされた?」
ユータスは怒鳴りたくなるのをぐっとこらえた。
貴族の令嬢の中には家庭教師などの身分低い者と道ならぬ恋に現を抜かすものがいる。通常は表に出ないように処理されるのだが、これほど多くの兵士と一緒ではそういうわけにもいかなかった。
ユータス侯爵の内心の怒りに気づかず、ナタリーは屈託がない。
「今日まで我らを警護してくれて者達に礼を言いたくてな。幸い酒と料理を差し入れてくれる者がいたので労っていたのだ」
窓からは顔しか確認できなかったが、改めてナタリーの格好を見ると剣を佩き胸甲姿である。
出陣前や戦勝後に配下の兵士を慰労する将軍のように見えなくも無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます