第41話 ノーラン

「ご配慮感謝に堪えません。今後は何なりとお申し付けください」

「実は一つ頼みたいことがある」

「はっ。私めにできることであれば」

「ユータス侯爵が警護を引き受けた以上、今後はまた私を馬車に押し込もうとするだろう。私はもうそれはご免こうむりたい。馬に乗っての移動を侯爵に申し入れるつもりだが、その時に横から口添えしてくれると助かる」

「それぐらいならお安い御用です」

 請け合いながらもノーランは疑問を呈した。

「しかし、それでナタリー様に対するユータス侯爵や皇弟殿下の心象が悪くなりかねませんが、よろしいのですか?」

 ナタリーは頭をかく。

「いや。向こうも最初から私を妻になどと考えてはいないだろう。いや、気を遣わなくてもいいんだ。私にもそのつもりはないし」

 ノーランは目を剥く。こんな良縁に興味が無いというのが信じられなかった。

 確かに女性としては奇行ともとれる破天荒さではあるが、将来的に皇后になりうる地位につくつもりが無いとまで言うというナタリーをまじまじと見る。

「何日かドレスを着て馬車で大人しくしていたが辛くて死にそうだった。やはり私はこの格好の方が落ち着く。ただ国に帰っても未来が見えない。そこで、せっかく皇弟殿下にアピールできる場なので、お妃付きの聖プラウメラ騎士団員にしてもらえるよう直訴しようと思っている」

「確かにナタリー様は適任かとは思います」

「本当にそう思うかい?」

「はい。我が国とニコシアは文化や習慣の面で違うことも多いかと存じます。側にいて警護する者が自分とそういった面を共有している方が心安らぐでしょう。何より、いざという時の実力が証明済みです」

 ナタリーの顔にほんのちょっとだけ嬉しそうな表情が浮かんだ。

「そうか。その評価は心強いな。ということで私はお妃になるつもりは毛頭ないんだ。だから、どちらかというと身辺警護の能力をユータス侯爵に見せたい」

「そういうことであれば、微力ながらお口添えさせて頂きます」

「頼んだよ」

 ノーランはそういうことなら先ほどのユータス侯爵への引き継ぎの中で、道中のナタリーの活躍を隠すことは無かったなと思った。

 ナタリーの前から下がると帰国する部下たちのところへ向かう。

 なんと大宴会の真っ最中だった。

 聞けばナタリーの気遣いだという。

 酒でかなり上機嫌になっていた部下たちは、自分へ話しかけられたナタリーの言葉を口々に自慢した。

「出発前の馬車の点検を欠かさないことを褒められたんですよ」

「俺は馬の駆けさせ方が巧みだそうで」

「剣を振るうときやや外に流れる癖に気をつけろと」

「巨人と戦ったときの弩弓の組立ての熟練ぶりを賞賛されました」

「何事も時間はかかるが仕事ぶりは丁寧で安心できると言われたんです」

「雨の中、土嚢積みでよく頑張ったって」

 一人一人が少年のように嬉しそうに語った。

 中には酔いが回ったのか感涙にむせんでいる者もいる。普段は鈍くさいと言われてる男だ。

「オレ、あんな風に褒められたの初めてで……」

 真っ赤な目でノーランを見据える。

「隊長。オレはもう帰国しなきゃならねえんで代わりにちゃんとナタリー様のことよろしくお願いしますよ」

 それを合図に次々と後を託す声があがった。

「そうだそうだ。あの姫さん腕は立つけどよお、陰口叩くやつはいると思うんだぜ。そん時は隊長が矢面立たねえとな」

「毒を盛ろうっていう卑劣なのもいるかもしんねえ。ちゃんと毒見すんだぜ」

「人質にされたら大変だ。カトリーヌ姫にも気を配ってくださいよ」

 ノーランは勢いに押されて、善処を約束させられる。

 自分自身も武官として思うところがあるが、部下たちはそれ以上に日頃から不満を募らせていたらしい。

 そんな中きちんと自分たちの働く様を見て評価してくれる相手にすっかり心酔していた。

「隊長。本当によろしく頼んますよ」

「姫さんに何かあったら分かってんでしょうねえ」

 しまいには脅迫じみたことまで言いだすのを聞きながら、ノーランは顔を引きつらせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る