第42話 三人の恋バナ

 部屋に戻ったナタリーをカトリーヌが出迎える。

「お礼を言うのでしたら私もご一緒したかったのですけど」

 唇を尖らせる妹をナタリーは宥めた。

「酒が入っているとな、ちょっと粗相をする者が出るかもしれない。カトリーヌは魅力的だからな」

「それはお姉さまも同じでしょ」

「私にそんなことをする奴はいないだろう。ぶっ飛ばされるって分かっているからな」

 そこへ部屋をノックする控えめな音が響いた。

 ジェフリーが誰何し扉を開ける。

 シャルロッテがまた遊びに来たのだった。

「ちょうど良い所へ来た。町の篤志家が差し入れてくれた菓子でお茶をしようというところだったんだ」

「あら。まるで私がお菓子の香りを嗅ぎつけたみたいに聞こえますわ」

 三人は窓際のテーブルに腰を落ち着ける。

 ジェフリーとバッツが声の届かない場所に下がったのを確認するとシャルロッテが話を切り出した。

「ユータス侯爵って改めて拝見すると素敵な方だと思いません? 他の姫君たちも色めき立っているようですわね。ノーランに対するのとは全然違った態度でちょっと可笑しかったわ」

「確かにユータス侯爵は身のこなしからしても相当腕が立つようだな。話に聞くところでもかなり強いらしい」

 少しずれた回答をするナタリーだったが、即座にシャルロッテが否定する。

「ナタリー様には敵いませんわ。ね、カトリーヌ様?」

「私は人の強い弱いの見立てはできませんけど、お姉さまどうでしょう?」

「どうだろうな。やはり剣を振るう姿を見てみないと分からないな。まあ、一度手合わせしてみたいとは思うよ」

「その時はぜひ見学させてください。約束ですからね」

 シャルロッテは興奮気味に言う。

「さすがにそれは無理だろう。侯爵は私たちを無事にニカポリスまで届ける責任を負っているんだ」

「それは残念な気がします」

 シャルロッテの場合はナタリーが強いというのはほぼ信仰のようなものであった。

 若干気圧され気味の姉を見てカトリーヌが助け舟を出す。

「強い弱いは別にして、もし私たちが皇弟殿下のお妃候補では無いと仮定して、ユータス侯爵から求愛されたらどうかしら?」

「そういうカトリーヌ様はどうなんですか? そういうのは言い出した人が最初に告白しないと」

 シャルロッテの言葉にカトリーヌはあっさりと肯定する。

「私ならもちろん受けるわ。容姿と家柄と財力すべて揃っているのですもの。悪い噂も無いようです。あの方と婚儀が整ったらお父様もお母さまも喜ぶでしょう」

「意外ですね。カトリーヌ様が世間並みの反応をするとは思いませんでした」

「茶飲み話ですもの。真面目に考えたら、先方はもっと条件の良い方を選べるのですから前提条件が成立しないわ」

「確かにそうですね。でも、私は実際に危難から救ってくださる方がいいですわ。ナタリー様のように」

 シャルロッテはちゃっかり自分の願望を滑り込ませた。

「そういう状況には憧れますわね。よく分かります」

 盛り上がる二人に適当に話を合わせながら、ナタリーはバクードのことを思いだしていた。

 あの男はどういったわけか自分のことを女性として魅力的と考えているらしい。単にからかっているだけかと思っていたが、路地裏での発言と態度からするとそうだとばかりも言えないような気がした。

 希望が叶ってニコシアで仕官でき、それなりの地位となったときに、自分に対してあれほどの求愛ぶりを見せる男は現れるだろうか? 自分で出す結論はあまり心温まるものでは無かった。

「それで、ナタリー様ならどうします?」

「まあ、私より強かったら考えてもいいかな」

 適当な返事にシャルロッテは大きく頷く。

「それでこそナタリー様です」

 あまりの好意的な反応に、カトリーヌと争っても勝ち目はないからという後ろ向きな言葉をナタリーは飲み込むのだった。

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