第31話 恋する乙女
「私。気を失ったふりをして全部聞いていたんです」
シャルロッテは昨夜のことを説明する。
「だから、あのバクードという男の人が館を襲った者の一味だというのは分かりました」
「それをなぜ私に告げに?」
バクードの思惑に乗っていた方がシャルロッテにとっても有難いはずだった。誘拐犯に辱められることも無く無事に善意の男に助け出されたということであれば、今後の縁談に致命的な影響は与えない。
「あの……。私、ナタリー様のことを尊敬しています。ナタリー様が居なければ、巨人に食べられていたかもしれません。果敢に戦う姿を見ていて私は感動しました。そんなナタリー様に馴れ馴れしく近づこうとする男に気を付けて欲しくて……」
実のところを言えば、シャルロッテはナタリーに惚れたのだった。
巨人と戦うナタリーの姿は、遠目にはか弱き姫君を助けに颯爽と現れた白馬に乗った王子様に見える。
騎乗してグレイブを振るうナタリーの姿はそう見えても仕方ない。
◇
今、ドレスを着てお茶をする姿は一応女性の姿だが、シャルロッテからすれば女装している王子とも思えた。
恋に恋するお年頃。吟遊詩人のバラッドを好む深窓の令嬢は目の前に現れた王子然とする存在にときめきが止まらなくなっている。
理性ではナタリーは女性だと分かっているが、妄想を通した姿は今の姿の方が世を忍ぶ仮の姿になっていた。バラッドの中には女性に身をやつす話もある。
バクードはそんな王子を破滅させようと甘言を弄して近づいてきた悪の手先だとシャルロッテには思えてならなかった。
か弱き乙女の自分ではあるが、王子がみすみす罠に嵌るのは見過ごせない。身を挺してでも王子を庇おうとするのが、英雄譚の中での清らかな乙女の役割であった。
脳内でそんなストーリーが展開されているとは知らないナタリーは、単にシャルロッテを善良な娘だと思っている。
「ご忠告ありがとう。自らの立場を悪くするかもしれないのに、わざわざ私にそのことを告げに来てくれたご恩は忘れない」
ナタリーはシャルロッテの手を取った。
「これからは友人としてよろしくお願いする」
「は、はい」
友人から始めよう。そう変換されて聞こえたシャルロッテは広がる妄想を打ち消そうと必死に言葉を探す。
「でも、ナタリー様はもう知ってらしたんですね」
寂しそうな顔をするシャルロッテにナタリーは落胆させてはいけないと言葉を強めた。
「いや。あまりに調子がいい男なのでなんとなく怪しいと思っていただけです。こうやってシャルロッテ様が明かしてくださったお陰で確信が持てました。これであの男に騙されることはないでしょう。ありがとう」
ようやく心を開いてくれた同行者を失うわけないはいかない。
ミズリナ伯爵令嬢のシャルロッテがナタリー達を敵視しなくなったことで、人数比は四対三になるはずだった。
これでカトリーヌも少しは気が楽になるだろう。
「妹のカトリーヌとも親しくして貰えれば嬉しい」
家族ぐるみのお付き合い。少し頬を染めるシャルロッテを見てナタリーは今までのことを恥じているぐらいなら、今後はかなり関係が改善できると安心する。
表情を和らげるナタリーを目にして、やはり凛々しい騎士姿の方がいいなと思ったシャルロッテは思い切って大胆な提案をすることにした。
「最近はあまり騎乗されませんのね?」
「ノーランがあまり良い顔をしないので」
「海を渡れば、もうニコシア帝国です。ナタリー様が見守ってくださると安心なのですけど」
「お安い御用だ。シャルロッテ様がそういうのであれば、ノーランに申し入れて馬上から目を配りましょう」
窮屈な馬車から解放されるナタリー、憧れの王子が拝めるシャルロッテの利害が一致した瞬間だった。
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