第30話 密談
バールデウスの行在所にほど近い一角の部屋の中で二人の男が密談をしている。
どちらも均整のとれた体に美貌を有していた。
黒髪の男がケディアス、金髪の男がナイテートといい、どちらもバールデウスの寵臣だ。
「陛下はあの軟弱な弟を後継者に指名するつもりだぞ」
「あれではベルティアの教皇に対抗できるものか」
「うむ。皇帝たるもの陣頭に立ち敵を撃破できなくては侮りを受けるというもの」
「それをあんな貧弱な男が……。まったく嘆かわしい」
「まあ、妻を娶り子ができたら後継指名しようという話なので、まだ先のことではある。そういえばあの男、もう十八歳になるというのに愛人の話の一つも聞かぬ。実は不能なのではないか?」
ケディアスが唇をゆがめる。端正な顔に醜悪なものが浮かんだ。
「確かにあの体では女を御せるとも思えん。我が国の行く末を嘆くことはないのかもしれんな」
「ナイテート。それは早計だぞ。考えてもみろ。子を作るのであれば間男にもできるではないか。皇太弟の地位を得るためにはそれぐらいの狡猾さをみせるかもしれないぞ」
思考には結局本人の性格が反映される。
アーデバルトは頭が切れるもののこういうことを思いつくタイプではないのだが、憎さに凝り固まっている二人には理解しようも無かった。
「しかし、自分の妻を寝取らせて平然としていられるとも思えんが」
「だから。最初からそのための女を選べばいいのだ」
「なるほど。自分が皇帝になった暁には妻と子を亡き者にして、それまで側室にでもしていた本当に好きな女を皇后に据えればいいのだからな」
「そういうことだ。七人のうちに一人いるだろう。うってつけなのが」
「ロンガーネの修羅姫か。確かに変な人選だとは思っていた。ということはまずいな。あの男も皇帝への欲を隠さなくなったということではないか」
「これは急がねば……」
ナイテートは自分の親指を喉に当てて横に引く。
「まて。陛下はどういうわけか、あの軟弱な弟を非常に可愛がっておられる。急いて我らの仕業と知れたら不興を買うだけではすまぬかもしれん。時間はあるのだ。ゆっくりと計画を練ろう」
「そうだな。では、また」
二人は目立たぬように時間を置いて別々に部屋を出る。
アーデバルトの排除方法を考えながら自らの陣幕に足を向けるのだった。
◇
翌朝になると風はまだ残っているものの雨はやんだ。
さらわれたシャルロッテも元気を取り戻し、朝食後にナタリーに面会を求めてくる。
二人だけで話をしたいという願いを聞き入れて、小部屋で二人は向かい合っていた。
昨夜助けてもらったことの礼を述べた後、シャルロッテはしばらく皿と口の間でカップを往復させる。
何か言いたいことがあるが言い出せないのだろうと察したナタリーものんびりとお茶を飲んでいた。
ポットのお茶を注ぎ足し二杯目も飲み終えるとシャルロッテはようやく切り出す。
「昨日、私を助けたという男ですが……」
「嘘だと言うのでしょう?」
ナタリーの言葉にシャルロッテは目を見開いた。
◇
ほぼ同時刻に表向きの交易商としての看板をかかげる商館で、バクードは厄介な客を迎えている。
今朝ほど入港し、忍ばせていた手下に昨夜の顛末を聞かされて乗り込んできた傭兵艦隊の頭のアロンゾは単刀直入に言う。
「うちの姉御に手を出すなら、中つ海に沈んで貰う」
バクードも父から引き継いだ二百人ほどの盗賊団を抱えていた。まだ若いがそれなりに頭も切れるし腕も立つ。
しかし、相手が悪すぎた。
純戦闘員だけで十倍の人数を抱える傭兵団のボスである。
バクードが今回の仕事に連れてきたのは三十名ほどだが、百名を連れて乗り込んできたアロンゾによって手も足も出ない状態だ。
「それを言うためだけにわざわざ大勢でお越しいただいたわけじゃないよな?」
「まあ、お前が単独で動いているとも思えん。依頼人の名を言え」
「悪いがそれは言えない。信用問題になるんでね」
「そうか。じゃあ、あの世とやらでその信用とやらを誇るがいい」
アロンゾは腰の曲刀をびゅっと一振りした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます