第60話 エウデキアの入れ知恵

「もちろんだ。私の親衛隊長である以上そうでなくては務まらない」

 アーデバルトは言われるまでもないという顔をする。

 表面上はさりげなさを装っていたが、ここに来る前に兄とその点について話をつけておいて良かったと胸をなでおろしていた。それと同時に自分をあくまで任務の対象と見ていることを改めて痛感させられる。

 アーデバルトに対して少しでも恋愛感情を抱いていたなら、側近くに居られるというだけで舞い上がって親衛隊長の職を受けただろう。

 寂しく思うと共に、現時点での最善手を助言してくれた母のエウデキアに改めて感謝しつつそのときのことを思いだした。

 バールデウスが帰還する前夜、このタイミングでは配偶者を決めないつもりであると母のエウデキアに告げた時にアーデバルトはこっぴどく叱られている。

「たかが暗殺者に狙われたぐらいで、弱気になるとは情けない。宮殿内の事情を知る者に笑われますよ」

「母上。そうは仰いますが、姫君たちの動揺も激しく……」

「あの程度のことで顔色を変えるような娘にはそもそも用はありません。母となったときに我が子を守る気概もなさそうです。事件の渦中でも三人ほど気丈な娘がいたでしょう。あの中からお選びなさい」

 想定外にはっきりと意見を述べるエウデキアにアーデバルトは腹を決めた。

 実はナタリーが意中の女性であるが、現時点ではすぐに自分になびきそうになく、今後関係を深めるために理由をつけてこの地に留めようにも本人の希望する聖プラウメラ騎士団への入団を断ってしまったことを明かす。

「なかなか、良い娘に目を付けました。あの娘ならそなたの子でも立派な偉丈夫を産めるでしょう。しかし、あなたも立派な頭脳を持っていながら、娘一人を口説き落とす言葉が出ないとは情けない。まあ、あの娘の心を蕩かすのは確かに時間がかかりそうです。女の心を攻めるに短兵急というわけにもいかないでしょう」

 さらにエウデキアはわざわざドーラスの町まで出かけ、素の状態での姫君たちの振る舞いを既に調べていたことを明かした。

 母の行動力に驚いてアーデバルトは言葉も出ない。

 しばらくじっと考えていたエウデキアはいいことを思いついたと手を打った。

「あの娘が望む以上の地位を提案するのです。あなたの親衛隊長などどうです。それなら聖プラウメラ騎士団への入団を断ったのはそれ以上の地位を考えていたからという形になり、あなたの面目も保てます」

「しかし、そうなると、まずその地位を創設するところから陛下に許可を得なければなりませんが……」

「問題ありません。陛下も我が子。あなたも手柄を立てたことですし、私からお願いすればそれぐらいの頼みは聞き入れてくれるでしょう」

 アーデバルトはナタリーの声で意識を現在に戻した。

「そこまでのご厚意をお受けしないわけにはいかないでしょう。謹んでその職をお受けいたします。殿下」

 アーデバルトはほっとした様子で頷く。

「ああ。ナタリー殿、これからよろしく頼む。では、正式な任命は日を改めて。これで失礼する」

 何かの思いを顔に漂わせたユータス侯爵を連れて、アーデバルトは部屋から出ていった。

 戸口まで見送った三人は再び席に戻る。

「お姉さま。良かったわね」

「ナタリー様。おめでとうございます」

 まるで自分たちのことのように喜んで祝福する二人にナタリーは笑顔を見せた。

 カトリーヌが見たことのある中でも飛び切りの笑みである。

 もし、その様子を眺めたなら、アーデバルトはいずれこの笑顔を自分に向けさせたいものと強く願うだろうほどの素晴らしい輝きを帯びていた。

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