第61話 別れと出会い

 皇帝バールデウスから皇弟付き親衛隊長の任を授けられたナタリーは、聖プラウメラ騎士団員と同様の真新しい鎧を身につけたまま町に繰り出す。

 顔をヴェールで隠したカトリーヌとシャルロッテを連れていた。

 随行の兵士として制式の鎧姿のジェフリーにバッツの他、十名ほどがついている。

 ナタリーは煩わしいと思わなくもないが、地位に伴うものとして受け入れていた。

 なお、ノーランとズーラは他の姫君と共に既にナザーリポリに向かっている。

 見知った顔が減り、ナタリーは少々寂しい気もしていた。

 別れがあれば出会いもある。

 大通りが交差する場所で、ナタリーは見知った顔の男に声をかけられ、兵士が遮ろうとするのを制した。

「バクードさん。久しぶりだな」

「ナタリー様もご壮健そうで」

「あの時は世話になったな。急場にて、きちんと礼を言えなかった」

「いえ。滅相も無い。あの程度のことは大したことではございません」

 お互いに具体的なことは言わない。天下の往来で、内宮に忍び込んで助けてくれたなどと言葉に出して言えるはずも無かった。

 バクードは頭を下げる。

「皇弟殿下の親衛隊長にご就任とのことおめでとうございます。何かお役に立てることがありましたら何なりとお申し付けください。あの先にある商館にお言付け頂けましたら、すぐにでも参上いたします」

「今すぐに何かあるわけではないが、とりあえず先日の礼の品は届けさせよう」

 ナタリーとしても色々と聞きたいことはある。どうやって襲撃のことを知り、どのように内宮まで忍び込んだのかが気になっていた。

 まあ、今日は町歩きを楽しもう。

 ナタリーはバクードに別れを告げて歩き出す。

 カトリーヌが弾んだ声を上げた。

「お姉さま。あそこにショールのお店があります。見に行きましょう」


 ◇


 その様子を近くの飲食店の二階から見下ろしていたアロンゾがため息をつく。

「あの野郎。姉御に恩を売ったつもりでいやがるな。暗殺者の襲撃を宮殿内にいた姉御に伝える術がなくて困っていたところへ、偶然見かけたあの野郎がいい方法があるって言うんで任せたが、こうなるとあまり良い考えじゃなかったかもしれねえな」

「お頭。でもそうしなけりゃ連絡ができなかったし、結局襲撃があったことやナタリー様が無事だという情報を聞けたのもあの野郎のお陰ですぜ」

「まあそうだな。バクードの監視は続けておけ。使えるうちは役にたってもらおう」

「それで、これからどうするんで? 姉御、結構な地位についちまいましたが」

「しばらく様子を見る。今後のベルティアとの戦いで俺達の力が必要になるかもしれねえ」

 姉御がさらに出世したら傭兵艦隊丸ごとニコシアに雇い上げてもらってもいい。それまでは今まで通り力を蓄えておこう。

 アロンゾは来るべきときに備えて計画を練りだした。


 ◇


 四台の馬車に視線を巡らせながら、ノーランは気が重い。人数は減ったことで目を配る範囲は減ったとはいえ四人の姫君を無事にナザーリポリまで送り届けなくてはならなかった。

 何よりもナタリーが居ないことによる戦力低下が痛い。

 ノーランは凛々しいナタリーの姿を思い出した。できれば親衛隊長の鎧姿を見たかったが、一刻も早く帰国を、と急かす姫君たちに異を唱えることができずに押し切られる。

 任務を全うできたなら、許しを得て下野し、部下たちと一緒にニコシア帝国に仕官するのも悪くないかもしれない。そう簡単にはいかないだろうが、そういう希望を胸に抱くことぐらいは許されるだろう。

 それは別にしても、いずれ機会があればナタリーと再会することもあるはずだった。出立前のナーガ公爵との問答を思い出す。できれば敵にはしたくないな。恐ろしい想像をしてしまい、妄想を振り払うようにノーランは首を振るのだった。

 そんなノーランの近くの馬車でズーラは傷心に浸っている。

 ニカポリスに残ったジェフリーのことを思いだしてほっと息を吐いた。

 仕事だから仕方ないことといえ、ナザーリポリまで精神不安定な姫君たちの相手をしなくてはならない。

 いつしかジェフリーのことを目で追うようになり、今でははっきりと恋心を自覚していた。

 想い人は外国の地にいる。一介の神官には再会するのは容易ではない。

 きちんとジェフリーに自分の気持ちを伝えなかったことがオリのように心に溜まっているのを自覚していた。

 

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