第62話 エピローグ

 外宮の一角にある建物内では、アーデバルトがユータス侯爵相手に忙しい。

 今夜催すナタリーの親衛隊長就任祝いの宴のことをしつこく尋ねていた。

「料理の手配は間違いないな」

「はい」

「この衣装はナタリーに気に入ってもらえるだろうか?」

「よろしいのではないかと」

「警備兵の巡回は手抜かり無いな」

「蟻一匹も漏らさぬようにしています」

 あれこれ熱心に気遣うアーデバルトとややうんざりした様子のユータス侯爵の会話は続く。

 ナタリー様が居れば警備兵は要らないだろ、それよりも好意を伝える方法を考える方が先じゃないか。ユータス侯爵は返事をしながらぼんやりと考える。

 ナタリーの愛を獲得するためのアーデバルトの計画は端緒についたばかりで、先の道のりは長いのだった。


 ◇


 内宮の一室では皇帝バールデウスが人生で初めての感情に戸惑いを覚えている。

 今までは美男にしか心が動かなかったのだが、親衛隊長の任命式の際にナタリーを目にして胸の鼓動が速くなるのを感じていた。

 体の線が分かりにくい鎧姿だったというのが大きく影響したのだろう。

 化粧っけの無い顔は少年のようにも見えた。それでいてベルティア自慢の暗殺者を倒せる腕前の持ち主だ。

 バールデウスは今まで一度も女性に対して感じることの無かった欲望を自らの中に見出して驚いている。

 ひょっとすると俺もナタリーなら妻に迎え、さらに子をなすことができるのかもしれない。

 いずれ女らしい格好をしていても同じように魅力を感じるのか確かめてみるか。

 その時は、弟と争ってでもナタリーを手に入れようとすることになるのかもしれない。

 バールデウスはアーデバルトを排除することもありえるなと考え、そこまで先走る自分の感情を少々持て余しぎみだった。


 ◇


 そして、ニカポリスの某所。

 バールデウスの寵臣ケディアスとナイテートが密談をしている。

「暗殺団の奴らも不甲斐ない。折角侵入を手引きしてやったというのに、あんな軟弱者ひとり殺せないとは」

「そう言うな。厳しい緘口令がしかれていたがなんとか聞き出したところ、あのナタリーという女は、ユータスの奴を上回るほどの腕らしい。なんでも暗殺団の頭を一太刀で斬り伏せたらしいぞ」

「ナザールの女は化物か? まあ騒ぎのお陰で妻選びが延期となって、立太子の話も当面消えたのは良かった」

「悠長なことを言ってられんぞ。どうも母后はナタリーをかなり気に入られたという話だ。今回そうしなかった事情は分からんが、ゆくゆくはアーデバルトの妻にと考えている節があるらしい」

「親衛隊長に据えたのはそういう思惑なのか。単に軟弱者の守りを固めただけかとおもっていたが、それはまずいな。また何か策を練らねば」

「しかし、あの女、ベルティアの暗殺者を倒すほどの腕前か。結果的に子猫に爪牙が生える結果となってしまったな」

「所詮は女だ。ここのしきたりも知らぬだろうし、罠にはめることはできるだろう。ユータスと恩寵を競わせて共倒れを狙うという手もある」

「あくどい手だが有効ではあるな」

 アーデバルトを蹴落とした後は、こいつの始末もつけねばな、とお互いに腹の中で思う二人であった。


 ◇


 自分を巡る周囲の様々な思惑をナタリーはまだ知らない。

 信頼できる友人や妹、従者に囲まれて満ち足りた気分だった。当然ながら皇弟はまだ信頼できるという範囲には入っていない。

 アーデバルトが知ったら、暴れるか、いじけるかするだろうが、幸いなことにナタリーの胸の内を知る由もなかった。

 まずは皇弟麾下の将として地歩を固めていき、ゆくゆくは爵位を得て新たな家を興してみせる。

 その舞台として故郷とは全く風情が異なる喧騒に満ちたこの町も悪くない。

 ユータス川からの風に頬を撫でられながら、皇弟の親衛隊長の地位を得たナタリーは未来への希望に胸を弾ませる。

 もちろん、アーデバルトの思慕の情など現時点では全く気付いていないのだった。



-完-

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