第59話 親衛隊長
ニカポリスの観光についてなんとか姉の説得がうまくいったと喜ぶカトリーナが問いかける。
「どなたかしら?」
「それがユータス様と……皇弟殿下なのです。お通ししてもよろしいですか?」
「ええ。もちろんよ」
滞在延長のお願いに伺う手間が省けていいと喜んでいると二人が現れた。
アーデバルトが軽く謝罪の言葉を口にする。
「歓談中のところお邪魔して申し訳ない」
「いえ。とんでもございませんわ」
使用人が何事かと興味津々の表情で追加のお茶を運んできて下がった。
余人が居なくなったというのに、アーデバルトはなかなか訪問の用件を切り出さない。意味もなくカップを皿と唇の間で往復させる。
間をもたせようと世間話をするユータス侯爵の顔に僅かに呆れるような表情が浮かんだ。
シャルロッテが気を利かせて席を外そうとするのをナタリーが止める。
「閣下。お出で頂いたところに不躾なお願いがありますが、よろしいですか?」
「ああ。構わない」
ナタリーはしばらくニカポリスに留まって三人で観光をしたいと告げた。
即座に了承してアーデバルトは顔をほころばせる。
「あのような醜態をさらしたというのに留まって頂けるとは。ゲオギロスに命じ、万全の警備で不自由なく過ごせるようにさせます」
「お任せください。閣下」
返事をしながらユータス侯爵はさっさとしろと目に力をこめた。
再びシャルロッテが席を外そうとするのをアーデバルトは手で制する。
「こちらに居てもらって構わない。それほど秘密の話でもないのだ」
「それでは厚かましいですが、お許しを頂けましたので、留まらせていただきます」
ナタリーの伝記のネタになるかもしれないとシャルロッテは目を輝かせた。
アーデバルトはつばを飲み込む。
「あー。ナタリー殿。先夜の活躍は本当に見事だった。あなたが居なければ今頃はこうやって話をすることもできなかっただろう。事後の対応に追われ、陛下の帰還もあり、直接礼を言うのが遅くなった。非常に感謝している」
「いえ。あの場でできることをしたまでのこと。そんな風に仰られるほどのことではありません」
いやいや、そんなことはない。
そんな類のセリフを繰り返すとアーデバルトは口をつぐんでしまった。
テーブルの下でユータス侯爵がアーデバルトの脚を蹴る。割と力をこめていた。
急にきっと部下を睨みつけるアーデバルトに三人は困惑する。
「そうだ。先日の髪留めと同じものを用意してきた。受け取ってもらえるだろうか」
ナタリーは謝意を述べながら受け取った。
本来ならば贈り物を回収せず放置したというのは礼儀に反する。ただ、当のアーデバルトが全く気にしていないので問題にはなっていなかった。
ちなみに暗殺者の耳に刺さっていたものは綺麗に汚れを落としアーデバルトが部屋に飾っている。
また口を閉ざしたアーデバルトはようやく意を決したように本題を告げた。
「ナタリー殿。先の戦の褒美として私に新たな直営部隊の創設が許された。常に私とともにある親衛隊になる。ただ、その隊長職は私の下に属するわけではなく身分としては陛下の直臣だ。あなたにはその親衛隊の指揮官を任せたいと思うが引き受けて頂けないだろうか?」
提案を吟味するようにナタリーは沈黙する。
悪い話ではなかった。地位としては皇族の護衛をする聖プラウメラ騎士団員よりも高い。
ただ、ある一点において条件が劣っていた。
「聖プラウメラ騎士団員と同様の特権を認めて頂けるのでしたらお受けします」
宮殿内でも武器の携行を認めろ、との要求を突きつける。
ナタリーからすれば当然の要求だった。またベルティアの暗殺者の襲撃があった時に武器が無く苦戦するような事態に再度陥ることは避けたい。
ただ、今までは聖プラウメラ騎士団員はニコシア帝国に組み込まれた貴族から選ばれていた。両親や親族もニカポリスに住み、何かしでかした際には一族に累が及ぶということが裏切りへの抑止力になっている。
その点、ナタリーは外国出身でそのような縛りが無かった。
ナタリーの要求はそれだけの信を置いているかを問うている。
大抜擢とも言える提案に飛びつくことのないナタリーの冷静さにアーデバルトは密かに舌を巻いた。
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