第58話 発表

 主不在のアーデバルトの屋敷に七人の姫君が集められている。

 まだショックから立ち直れないのか顔色が優れない者も混じっていた。姫君の後方にはノーランとその部下とズーラも控えている。

 これから皇弟の妃の発表が行われようとしていた。

 ニコシアのしきたりに詳しい者ならば、この場にアーデバルトが居ないということ自体が結果を表していることに気が付いたかもしれない。

 代理のユータス侯爵が厳かに告げた。

「皆様方に申し上げます。先夜の凶事にはお心をお騒がせして申し訳ありませんでした。皆様方の身に危害が及ばなかったのが不幸中の幸いです。さて、我が主のお妃となられる方についてですが、あのような変事があったことをかんがみ、慶事は延期することなりました。はるばるお越しいただき申し訳ありませんが、ご容赦願います」

 平たく言えば誰も選ばないという結論になる。

 姫君たちからは落胆の声は上がらなかった。怪我こそなかったものの兵士の血やそれ以外のものを浴びたせいで、すっかり怯えてしまっている。

 確かに次期皇后の座は魅力ある立場ではあるものの、夫の巻き添えになって命の危険があるのでは割に合わなかった。

 今回の決定はあくまでニコシア側の都合により選ばなかった形であり、姫君たちの体面は傷つかない。さらに詫び料ともいえる豪華な品が贈られるということであれば異論は無かった。

「このままこちらに逗留を続けられて事態が落ち着き再び機会が来るのを待たれるか、一度帰国されるかは皆様方の自由です。宿舎に戻られてよくご検討ください」

 ユータス侯爵の言葉が終わると姫君たちは退出する。

 多くの姫君が一刻も早くこの国を離れることを望んでいた。礼を失しないように翌日までは熟慮するふりをするが、帰国をすることに心は決まっている。

 ナタリーもお茶会の席での対応に答えが出て納得していた。

 凶事を理由としているが自分と会った段階で、気に入った姫が居なかったと推測している。それなら、護衛の話に乗ってこないのも当然だった。守るべき対象が居ないのだから。

 カトリーヌの部屋を訪ねてどうしたいか相談しているとシャルロッテもやってきた。

「折角なのでこの町を少し見物してから帰りましょうよ」

 カトリーヌが大胆な提案をする。ナタリーは顔をしかめた。

「また危険な目に合うかもしれないぞ」

「お姉さまが居れば大丈夫ですわ。それに殿下がご一緒じゃ無ければ私達を狙う理由も無いはずです」

 シャルロッテもその提案に乗る。

「そういうことでしたら私もご一緒させて頂いていいかしら? ご一緒するなら他の方よりもナタリー様たちの方が楽しいんですもの」

 気もそぞろで神経質になっている他の姫君と一緒だと気が休まらなそうだというのは確かだった。

 カトリーヌがナタリーを懐柔しようとする。

「お姉さまだって本当は町を散策したいのでしょう? ジェフリーやバッツに下調べさせていたぐらいですし。ねえ、そうしましょうよ、お姉さま」

 そう言われるとナタリーの心もぐらつく。

 先日の襲撃者は凄腕だったが、他にまだ潜んでいるとも思えない。何より目立つ容貌なのでそれほど長く潜伏していられるはずもなかった。

「それに、あの時お姉さまに武器を投げて渡してくれた方にお礼を言わないままなのも気がかかりなんじゃないかしら?」

 確かにバクードに礼の一つも言わなくてはナタリーの気が収まらない。本来入れるはずのない内宮まで危険を冒してグレイブを届けてくれた恩があった。

 それに、どうしてタイミングよく現れることができたのかも問いただしたい。

「うう。分かった。ユータス侯爵に申し入れてみよう。ただ、向こうが難色を示したら諦めるぞ」

「もちろんですわ」

 殊勝なことを言っているが、カトリーヌはある程度の我儘は聞き入れてくれるだろうと読んでいる。

 そこへ使用人が現れて来客を告げた。

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