第33話 片思い
「ジェフリーさん。少し顔色が良くないようですが大丈夫ですか?」
廊下を歩いていたジェフリーとバッツの二人をズーラが呼び止める。
「ああ。ズーラさん。少し潮風に当たって体が冷えてしまったようです。なんでもないですよ」
「それは良くないですね。症状が軽いうちに治しておいた方がいいでしょう。あそこなら他の方の通行の邪魔にならなそうです。どうぞ」
ズーラはアルコーヴを指さす。
「いえ。そんな。本当に大したこと無いのです。ズーラさんも姫君の船酔いの治療で疲れているでしょう」
「それこそ、私の心配は不要です。皆様に癒しを与えるためにここにいるのですから。それにちゃんと万全の体調を維持していないといざという時にナタリー様のお役に立てないのではありませんか?」
こう言われればジェフリーも弱い。
大人しく誘導されて廊下の壁の一部が凹んだ場所に立った。
ズーラもアルコーヴに足を踏み入れるとジェフリーの手を取って東向きに立たせ、自分は西向きで両手を広げる。
興味津々なバッツも含めて三人が居るにはアルコーブは少々手狭で、ズーラとジェフリーの距離はとても近かった。
ズーラは海神への祈りを熱心に唱え始める。
ジェフリーの体が暖かくなり、体の不快感が消えた。
「ズーラさん。どうもありがとう。ナザーリポリでもお世話になったし、いずれお礼をさせてもらうから」
「いえ、ジェフリーさんのお役に立てて嬉しいですわ」
一礼するとズーラは立ち去る。
カトリーヌから頼まれた伝言をノーランに伝えると二人は扈従の人々のための食堂に行って隅に腰を落ち着けた。
二人とも食べ盛りである。料理を胃に流し込むようにして食べ始めた。
バッツが感想を漏らす。
「いや、姉さんに仕えて良かったよ。三食不自由しないって話だったけど、本当に美味いし量も多いや」
「そうか。確かに量は多いけど、味はちょっと。それよりもいい加減、姉さんじゃなくてナタリー様って呼んだらどうなんだ?」
「いいじゃないか。オレだって本人にはちゃんと呼びかけてるんだし。ジェフリーって本当に真面目だねえ。まあ、そういうところがあの神官さんに気に入られたんだろうけど」
「ズーラさんが?」
怪訝そうな顔をするジェフリーを見てバッツは笑った。
「なんだ。気づいてなかったのか。まあ、祈りを捧げている時は目をつぶってたからねえ。でも、ズーラさん、すごく真剣にやってたよ。あれは仕事ってだけじゃないね」
「僕をからかうつもりか?」
「えー。見たまんまの話をしているだけだけど。それにからかうなら他にもネタあるし。ジェフリーは姉さん好きなんだろ?」
ジェフリーの頬にさっと血が上る。
「ふざけるな!」
「ほら、そんなにムキにならなくっても」
「いい加減にしないと容赦しないぞ」
「だって、あの嵐の夜に姉さんの胸をめちゃくちゃ凝視してたじゃないか。まあ、あれは迫力あるよね。それに船の上でも姉さん見てため息ついてたでしょ」
「そんな……適当なことを言うな」
最初の勢いはなくなっていた。
「僕がナタリー様を思うなんてそんなこと許されるわけないだろう。だいたいナタリー様は皇弟殿下のお妃候補なんだから」
「でも好きなんだろう?」
「尊敬してるんだ。好きとかそういうんじゃない」
バッツはニヤニヤ笑う。
「へええ。ジェフリーは尊敬する人のおっぱいをジロジロ見ちゃうんだね」
「なんだよ、ガキのくせに。そういうお前だって見てたんじゃないか」
「だって、オレ姉さん好きだもん。カッコいいしさ。そりゃ相手にされないってのは分かってるけど、でもオレが好きになっちゃいけないってことは無いだろ。それに皇弟ってのが酷い奴かもしれないじゃないか。その時はオレが姉さんの盾になって守るんだ」
「お前、人前でそんなことを言うと首刎ねられるぞ。俺だってナタリー様を守る気持ちは負けてないからな」
張り合いながらもジェフリーはバッツの素直な態度に眩しさを覚えるのだった。
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