第八章 聖女プラウメラ
第34話 伝説の石碑
聖プラウメラは今から二百年ほど前の人である。その頃はまだ腐海の南部周辺の小島を根城にする小領主がまだ勢力を保っていた。
海岸沿いのニコシアの村を襲うだけでなく、時に内陸部まで大挙して来ては乱暴狼藉の限りを尽くす。危なくなると海上に逃げ出すので始末が悪かった。
ニコシア帝国の陸軍は精強だが、海軍はそれほどでもない。その当時は今以上に貧弱で海上に逃げられると追いつけなかった。
帝国西部のドーラスに遊学中の皇女が、近郊に遊びに出かけ、小領主の部隊に遭遇したのは不幸な事故だった。護衛は必死になって応戦したが数があまりに違いすぎる。
瀟洒な馬車を取り囲み、中から引きずり出した乙女が皇女だと知って小領主は狂喜した。
その辺りの村娘を拉致してきて玩具にすることはあっても、身分の高い女の姿を目にすることは滅多にない。小領主の目がギラついた。
お楽しみは別にしても、この女を孕ませれば、自分の子供がニコシアの帝位を継ぐ可能性だってあるのだ。
運命を覚って自害しようとした皇女を救ったのが近隣の田舎貴族の娘だったプラウメラである。
折からの強風が小領主の軍に向かって砂を吹き付けて視界を奪ったところへ馬で乗り付け、周囲の兵を斬り捨てると皇女を馬上に助け上げてドーラスまで無事に皇女を届けた。
息も絶え絶えの状態で落ちるように下馬したプラウメラの背中には何本もの矢が突き立っていたという。お陰で皇女はかすり傷程度で済んだ。
治療によって一命をとりとめたプラウメラはその後も皇女に仕え、皇女が即位した後も陰に日向に良く働いた。
そして、ベルティア教国との戦争で女帝を逃がすために殿を引き受け、時間稼ぎをし華々しく戦死する。
あまりの勇敢さに時のベルティア教皇も感嘆し、遺体を丁重に棺に納めて送り返してきたほどだった。
プラウメラは死後に聖人として祀られることとなり、その名を讃えた騎士団が創設される。全員が貴族の子女から選抜されて女性皇族などの警護に当たっていた。通常の騎士団とは異なり、団とはいうものの十名前後で構成され、それぞれ定められた皇族の側に常に控えている。
そのため、聖プラウメラ騎士団の団員はあまり騎士団への帰属意識はなく、自分の仕える皇族の専属の護衛という認識が強い。
聖プラウメラ騎士団は人気が高かった。二百年前ならいざしらず、安定したニコシア帝国の帝都ニカポリスから動かない皇族の命が危険にさらされることはほぼ皆無。
北方のドワーフ族の手で創り出された金属で補強された鎧その他の武具は、青を基調として美しく、一度は手にしたいと思わせる。
何より潮風にさらされても錆びることなく、軽いので着たままでも泳ぐこともできた。
そんな聖プラウメラ騎士団からは二人の将軍を出している。そして、爵位を得て家を興してもいた。
ニコシアで自らの技量で身を立てようと考え始めているナタリーにとってみれば手本とすべき先達であった。
何と言ってもプラウメラは隣国ナザール王国まで聞こえた有名人でもある。
そのプラウメラが皇女を助けた場所に立つ記念の石碑にお参りすると霊験あらたかで、特に女性の望みが叶うらしい。
下働きの下女を通じてカトリーヌの話が他の姫君の耳に入るまでに時間はかからなかった。
船酔いが続き臥せっていた姫君たちは当然色めき立つことになる。
私こそが皇弟殿下に相応しいと信じていても、聖人の加護が得られるならばそれに越したことはない。
加護の力が本物なら結果が覆ってしまう心配があった。
「石碑にお参りに行きます」
決定事項として告げられた不幸な引率者ノーランの胃痛が激しいものとなる。
ベルティアと開戦しているこの時期にニコシア帝国の警備が手薄になっているのは誰もが知っていた。
聞けば町の住民は石碑のことをあまり重要視していないと言う。
誰かがお妃候補を誘いだすための罠ではないかというのは、ノーランにも容易に考え付いた。
出航前の襲撃のこともありノーランはかなり神経質になっている。
先日の不始末に対する沙汰はまだ届いていないが、いずれ何らかの責任を問われることになるのは間違いない。これ以上何かあったら首が飛びかねなかった。
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