第35話 性分

 キーネ港に向けて進む船の船長室でアロンゾが主だった連中を集めて会議をしていた。

「お頭。少しは兵隊残してきた方が良かったんじゃ?」

「ああ。お前はミセーノ岬の時のことを知らないんだったな」

「へえ。加わったのはその後ですが、それが?」

「この間のロンガーネでの姉御の活躍は聞いているだろう。ミセーノの時はそれ以上に凄かった」

 アロンゾは目を閉じてその光景を思い出す。

「座礁した船をめがけて近隣の海賊が小舟で群がって来やがったんだがな。姉御はその一隻に甲板から飛び降りたのよ。剣をぶん回して殲滅したら、波の勢いを利用して隣の舟に跳んだんだ。まるで鳥のようだったぜ。そして次から次へとぶちのめしたんだ。泡食って逃げ出した奴らの島に乗り込んで……」

 握った両手を開くゼスチャーをする。

「どっかーん。樽に入った燃える水に火をつけたようなもんさ。歯向かっってきた連中はみんな木っ端みじんだ。島には牛みたいに大きな山犬やら牙がこんな豹も飼われていて、海賊どもがけしかけてきたんだが、姉御を見た途端に腹出して服従のポーズを取っちまった。だからな。腐海の雑魚連中ごときじゃ姉御にかなうわきゃねえのよ」

「でも、妹さんを守りながらでは大変なんじゃ?」

「まあな。一応気を付けるように手紙は残しておいたし、あのバッツって生意気なガキも弓の腕は大したもんだ。ズーラも若いがなかなかの腕前の神官だしな。今じゃ腐海のごろつきどもも数は多くねえ。後れを取ることはないだろうよ」

「まあ、お頭がそう言うなら」

「しょぼい海賊の面倒ぐらい姉御ならなんとかするさ。それよりも気になるのはニコシアの皇弟だ。何を考えてやがるか分かったか?」

「それがさっぱりなんで。さすがに身分が高すぎて手蔓がありませんや」

「うーん。俺達も海の上じゃかなりのもんだが、陸の上となると勝手が違うからな。七千もいる近衛軍を相手にするとなると分が悪い。もし、姉御に良からぬことを企んでるようなら急ぎ脱出できるように手配だけはしておけ」

「了解です。お頭。キーネ港についたら手配します」


 ◇


 外交的配慮をかなぐり捨てて、厳重な警備の兵をニコシア帝国側からも出してもらうよう手配してから、ようやくノーランは重い腰をあげた。

 ナタリーが騎乗で付き従うのにももう何も言わない。

 本人の行動がお妃に相応しいかどうか、皇弟がどう考えるかを慮る余裕はなかった。ナタリーが気にしないと言うなら、自由にグレイブでも剣でもなんでも振るってもらって構わない。

 こんな心境になるまで追い詰められたノーランは気の毒としか言いようがなかった。

 二百名近い兵が固めるなか、四人の姫君たちが石碑に熱心に願い事をする。

 ナタリーは石碑にちらりと視線を送るだけで、周囲に注意を向けていた。

 何かに祈るのは死力を尽くした後でいい。自分でなんとか道を切り開こうというのがナタリーの性分であった。

 今は祈るよりも、二百年前の故事が再現しないようにする方が大事だ。

 見回すナタリーは少し離れた場所に止まっている一台の馬車に目を止める。

 作りのしっかりした馬車の周りを数人が警護していた。

 ナタリー達の為に駆り出された兵士たちとは明らかに雰囲気が違う。

 石碑を見に来たが既に多くの者が周囲に居るので人が居なくなるのを待っているのかもしれない。

 ナタリーは馬首を巡らせて海の方角へと視線を移した。防風林越しに見える海原には船が二隻ほど見える。

 微かな波の音が響き長閑な風景だ。

 舟はどちらもあまり大きくなく、一か所に留まっていることから漁をしているのだと推測できた。仮に何かを企んでいたとしても乗れる人数から考えて、警備を突破できるとは思えない。

 それでも陸側の伏兵と同時に襲われれば混乱する可能性に思い当たり、ナタリーは監視の目を緩めなかった。

 気が付けば、先ほど注意を引いた馬車が町の方へと引き上げていくのが見える。

 長々とお祈りしている姫君たちに痺れを切らしたのだろうか。

 ナタリーが警戒を続けているうちに、ようやく満足したのか姫君たちはそれぞれの馬車に引き上げる。

 その馬車を守りながら無事にドーラスの町に帰り着き、ノーランは胸をなでおろした。

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