第26話 妻選び

 そんなわけで、皇弟であるアーデバルトは次期皇帝の地位がほぼ約束されている。あまり例がないが皇太弟一歩手前というのが現在のアーデバルトの公的な立場だ。

 この事情のためにアーデバルトの嫁選びは高度な政治問題になっており、これがナタリーを迎えようという話の遠因になっている。

 皇帝を取り込むことは無理で、次世代なら可能性があるとなれば、娘や養女を差し出そうという貴族は多かった。

 現皇帝が妻を娶ることを推奨しているとなれば遠慮する必要もない。

 自宅に招きアーデバルトを歓待し娘を披露するもの、アーデバルトの屋敷に養女を奉公させようとするものが続出した。

 並の男ならほいほいと乗ったかもしれないが、頭脳明晰な男である。玉座が目的と顔に書いてある娘に食指は動かない。

 自分の屋敷にアーデバルトを招待し、あろうことか美貌の妻をあられもない格好で侍らせる貴族まで出たときは、理由をつけて早々に帰宅していた。

 そんな煩わしさから逃れようとお忍びで外遊に出かけた先で見かけたのがナタリーである。

 最初は海賊相手に単騎で奮戦する少年を見て、ナザール王国にも勇士はいるのだと感心した。文弱の国と侮れないなどと考えていたぐらいである。

 乗っていた船に取りついた海賊たちが甲板まで上がってきてもユータス侯爵が居れば大丈夫だと高みの見物と決め込んでいた。

 騒ぎが落ち着いてから勇士が実は女性だという話を聞いてびっくりする。

 ロンガ子爵家の長女ナタリー。

 そのことを知ってから脳裏にこびりついた映像が忘れられなくなった。

 逞しい体つきに少年のような顔立ちが常に目の前にちらつくようになる。

 眠れぬ夜が続き、ため息ばかりの様子を見かねた腹心のユータス侯爵に問いただされて、アーデバルトはナタリーを妻に迎えたいという希望を打ち明ける。

 呆れられるかとの心配は杞憂だった。

 しばらくまじまじとアーデバルトの顔を見た後にユータス侯爵は真面目な顔で頷く。

「お妃選びをそれほどまで真剣に考えられていたのですか。そのお考えはよろしいかと存じます。ナザール王国から妻を迎えるというのは悪くない。国内の特定の家との結びつきが強くなるのも考えものですから。しかも、それほど有力な家ではなく面倒な係累がいないということも好都合かと思います。さすがですな」

 実際はアーデバルトの個人的な嗜好と一致しただけだが、日頃の言動から深謀遠慮の結果と誤解されたのだった。

 ただ、準備を進めるうちに計算の上だけでなく、本気でナタリーに惚れこんでいるということがユータス侯爵にも分かってくる。

 こうなるとアーデバルトをからかってみたくなった。

「しかし、家格ということを考えると子爵家というのは少々バランスを欠く気がしますな」

「う。いや、一応建前としては私は皇帝陛下の弟に過ぎない。陛下にお世継ぎができれば問題はないんじゃないか?」

「とは言いましても、皇太弟となるという話もありますが」

「どうなるか分からない将来の話をしても無意味だろう」

「まあ、その点は置いておくとしても、あの格好は少々慎み深さに欠ける気がしませんか?」

「海賊の襲撃という緊急時だ。取るものをとりあえず駆け付けたことを賞賛することはあっても非難する気にはなれないな」

「お二人が並んで立たれると閣下の方が背が低く見えることになりますが、よろしいのですか?」

「そんなことは些事にすぎん」

 日頃から自らの背の低さを気にしているのは明らかなアーデバルトが、そこまで言い切ることにユータス侯爵は真剣さを感じ取ったのだった。

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