第七章 深夜の襲撃
第27話 手違い
風雨が収まってきた夜の闇の中をナタリーは走る。稲光が照らし出した刹那に周囲を見てとり、道を急いだ。
何かが雷光に反射して光っているのが見え、ナタリーは更に走る速度を上げた。
「無礼者。手を放しなさい」
聞きなれた凛とした声が響く。宿から漏れる光でカトリーヌが何者かにつかまれた腕を振り払おうとしているのが見えた。
「カトリーヌ!」
ナタリーが大声をあげて最後の距離を詰めるとカトリーヌを襲っていた者は目に見えて狼狽する。
ナタリーが腰の短剣を引き抜いて突き出すと、襲撃者はカトリーヌの手を放し腰の剣を抜いて払った。
ナタリーはカトリーヌを背にして庇うように立つ。
相手を倒すことは難しくなさそうだが、彼我の武器のリーチの差を考えて妹の安全確保を優先する。
周囲の闇の中にはまだ複数の者が潜んでいる気配がしていた。
目の前の狼藉者は布で顔の下半分を隠している。剣を構えていたが、ナタリーが防御に徹するのを見て取ると身をひるがえして逃げ出した。
ぴーっと指笛の音が響き、辺りにうごめいていた気配も一つ、また一つと消える。
ナタリーは短刀を腰に戻すと振り返り、カトリーヌの雨に濡れる肩をしっかりと両手でつかんだ。
「大丈夫か?」
「姉さま。私は大丈夫です。ちょっと驚いただけで、何もされてません」
「なら、良かった。しかし、外に出たら危ないぞ」
「お姉さまの姿が見えないので、心配になって……」
「ああ。ちょっと潮が溢れそうっていうんで、仮の堤を作るのを手伝ってきた」
「それでそんな恰好を……」
カトリーヌはショールを外すとナタリーの肩にかける。
「私はいい」
周囲に目を配りながら、カトリーヌを促して館の中に入ろうとするナタリーはショールを返そうとした。
「お姉さま。さすがに……」
ナタリーが首を下に向けると、胸の先端の突起までが露わになっている。これには気まずそうな顔をするナタリーに、カトリーヌはほらね、という表情をした。
そこへ一人の侍女が駆け込んでくる。
「シャルロッテ様が賊に」
お妃候補の一人の姫が侵入してきた賊に連れ去られたのだと言う。
「ジェフリー、バッツ!」
あたふたと身支度を整えた二人がやってくるとナタリーはカトリーヌを預けた。
「妹を頼む」
ショールをカトリーヌに返す。
「お姉さま」
ナタリーは大丈夫だと笑顔を見せ、闇の中へと駆け出した。
◇
その頃、隠れ家で部下たちと合流したバクードはさらってきたと報告された娘の顔を見て舌打ちをする。きれいな顔の娘は失神したのか目を閉じていた。
細かな指示を出さなかった自分が悪いので部下を叱責するわけにもいかない。
半数ではさすがに誘拐するのは無理だろうという判断が裏目に出てしまっていた。
長時間このままにしておくわけにはいかない。
無頼の者にさらわれたとなったら実際のところはどうであれ、娘の体面を保つことはできない。慰み者になったと世評を立てられたらまともな嫁ぎ先はなくなってしまう。
バクードは素早く考えを巡らせた。
「俺がこの女を返してくる」
「若が? なんでそんなことを」
「うるせえ。議論してる間はねえ」
部下に指示して自分の着衣を乱れさせ、かぎ裂き傷を作ると娘を担いで隠れ家から忍び出た。
実はこの隠れ家は襲撃先から目と鼻の先にある。
雨が止んだ宵闇の中を妃候補の一行が泊っている邸宅に向かい始めた。
通りの角から誰かが飛び出してくる。
バクードがシャルロッテを背負っているのを認めると、ナタリーは腰から短剣を引き抜いて身構えた。
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