第25話 微妙な立場
「勝てないと分かっているから、どの軍を攻撃しても私の鋭鋒を避けて逃げ回り、残りの二つの軍がその隙に帝国内を荒らすというわけか」
「はい。今回の奴らの目的はあくまで我が国に侵攻したという実績作り。それに収穫の時期ですので農産物の劫略でしょう。領地の占領までは目指していないはずです。前回の大規模侵攻の際には囮を見破られ教国軍は手痛い被害を受けました。なので、今回はそれを逆手にとってくるでしょう」
「ふむ。しかし、こちらも軍を分けるとなると数の上では劣勢になるぞ。もともと兵数は向こうの方が多いんだ。質はともかくな」
ニコシア帝国の通常兵力は四万。ナザール王国側は別にして北方と南方との国境にも配備しているので、ベルティア戦に避けるのはせいぜい二万強なのに対し、教国側は総兵力四万との情報であった。
ニコシアの東方軍一万五千が国境線に展開している。
今話題にしているのは精鋭の近衛軍七千をどう動かすかだった。
「問題ありません。最初から空き巣狙いです。士気の高かろうはずもありません。しかも、敵の三軍はそれぞれの枢機卿が率いており、友軍を支援することなど無いでしょう。こちらには地の利がありますし、要衝を占めて対峙すれば、おのずと敵は諦めて撤退するしかありません」
「つまらぬ戦だな。まあいい。分かった。近衛軍を三つに分けて出そう」
近衛軍七千のうちの三千を率いて出撃した皇帝に従い、アーデバルトも出陣する。
戦場に出ても戦士としては案山子ほども役に立たないが、下手にニカポリスの都に残ると疑念をかきたてることになるのを恐れたのだ。
兄自身は何も思わなくても側近が繰り返し疑念を植え付ければどうなるか分からない。そんな隙を与えるわけにはいかなかった。
バールデウスの寵愛を受ける男達は、自分たちの地位があるのは皇帝のおかげと分かっている。いずれも筋骨たくましく美しい男ぞろいで、バールデウスに忠誠を誓っているが、あくまでその対象はバールデウス個人。
現時点で皇位継承権第一位を有する男子であるアーデバルトに対しては隔意を抱く者もいた。
外戚がいれば暗い感情の行き場も分散するのであるが、バールデウスが女性に興味がないため、嫉視はアーデバルトに集中しがちである。
バールデウスの興味の無さは徹底していて、ハレムに収められた女官には一指も触れていなかった。
それどころか、足を向けることさえ無く、かつてお渡りがないと嘆く声があると聞いたときには、アーデバルトに向かって凄いセリフを言い放っている。
「我がハレムの女どもで気に入ったのがおれば、誰でも引き取って構わんぞ。寂し寂しと泣かせておくのも気の毒だからな」
真意を掴みかねて絶句するアーデバルトにバールデウスは笑った。
「俺は子作りをするつもりはない。どうせ俺の後はお前が継ぐんだ。早いか遅いかの違いだろう」
「陛下。さすがにそれは畏れ多く」
「いや、お前も成人したんだ。早く嫁を貰って跡継ぎを作った方がいい。俺がいいというんだから遠慮するな」
自分のことは棚にあげて、お説教をする兄にアーデバルトは内心で白目をむいた。
「私にも好みがありまして」
「そうか。それなら無理にハレムから選べとは言わんが、なるべく早く嫁を貰って、俺に甥か姪を見させてくれ」
はっきり言って滅茶苦茶である。
仮にも国家の主なのだから、子孫を作って跡継ぎに据えるというのが普通だが、そんな常識論は歯牙にもかけない。
前皇后つまり自分の母親から、自分が同じく腹を痛めたアーデバルトが継ぐのであれば、と了承を取り付けたのをいいことに、妻をめとることを断固拒否していた。
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