第17話 海の狼

 港のそばの居酒屋でアロンゾが牡蠣に柑橘の汁を絞りながら、腹心の部下に問いただす。

「なんでえ。姉御がニコシアの皇弟の嫁候補の一人だって?」

「ええ。聞き込んだところ間違いないようです」

 アロンゾは牡蠣に小さなナイフを突き刺し身をはがすと、ちゅるっと吸い込んだ。

「もったいねえ話だな。姉御をハレムに押し込んでおくなんて無駄の極みだ。姉御はタマこそついてねえが心はモノホンの海の男ってもんよ」

 アロンゾは小さなナイフを空中の誰かに切りつけるかのように振り回す。

「あぶねえっすよ、お頭。それでどうすんですかい?」

「うーん。そうさなあ。先に分かってりゃ土下座してでも俺達傭兵艦隊のトップになって貰うように頼んだんだが、妃候補になっちまったんじゃ難しいな」

 ナイフを置くとアロンゾは渋面を作って考え始めた。

「それじゃどうするんで? あのアホ司令官の下じゃもうやっていけねえってんで、傭兵艦隊を作ってここまで大きくしたってのに。あ、いや、俺っちは別にアロンゾのお頭の下でも文句はねえすけど、お頭は姉御をトップに据えて、中つ海で最強の艦隊作るつもりだったんすよね?」

 アロンゾは渋面を作って考え込んだ。

「うーん。そのつもりだったんだけどな。ニコシアのお妃か……。まてよ。姉御はお妃って雰囲気じゃねえ。こう言っちゃなんだが、美人をより取り見取りって立場の男が選ぶとも思えねえんだよな」

「そうすか? 俺っちなら姉御に誘われたら寝室にホイホイついていきやすが」

「姉御をそんな目で見てやがるのか?」

 アロンゾにすごまれて部下は首をひっこめる。

「まあ聞かなかったことにしてやる。それで話を戻すが、貴族様連中ってのはもうちょっとこう、しゃなりしゃなりとした細っこい女が好みなんだよ」

「へえ。でも、それとこの話にどんな関係が?」

「だからな。お妃候補ってのは表向きの話で、将軍とか司令官に引き抜こうって話じゃねえかって俺は思うんだ。ニコシアでは女でもなれるからな」

「なるほど。お頭の考えるとおりかもしれないっすね」

「よし、そうとなれば話は決まりだ。まずはお妃候補の一行を陸路か海路どちらで送っていくか調べるんだ。海路なら話は早え、俺達が護衛を請け負っちまえばいい。陸路なら、どっかの商船隊の護衛の仕事探して来い。この時期ならニコシアのキーネ港あたりに向かう便ならあるだろう」

「分かりやした」

「一応このアロンゾ艦隊は全部集めればガレー四隻、戦闘員二千を抱えてるんだ。姉御の立場がどうなろうとも俺達が後ろに控えてるとなりゃ、そう馬鹿なことはできめえ。もし、姉御を袖にするようなら改めて俺らを率いてもらえるよう打診してもいいしな」

「張り切ってますね」

「あたぼうよ。命令違反で縛り首になるか、海の藻屑と消えるか、どっちにしても命が無くなるところだったのを救われたんだ。それによ。あのお姫さんを姉御って呼ぶと思うとワクワクしねえか。何でもできそうな気がしてくるぜ」

 腕をさすって上機嫌のアロンゾを見て、腹心の男もなんだか胸が熱くなる。

 あの嵐をなんとか凌いだところへ近隣の島を根城にする連中が襲撃をしかけてきた。それを叩きのめし逆に本拠地の島に乗り込んだのがナタリーだ。

 身代金の為に抑留されていた虜囚を開放すると、さっさと引き上げてしまった。その後にアロンゾたちが発見した金銀財宝について全く権利を主張していない。

 それじゃあどうしても恰好がつかないと言って唯一受け取ってもらえたのが、今ナタリー愛用しているグレイブだった。刃は希少なロンガ鋼製で切れ味は抜群である。ただ、価格からすれば手に入れたもののほんの一部と言っていいものでしかない。

 今のアロンゾ艦隊の原資はそのときの財宝だったし、中核メンバーの一部にはその時のナタリーの姿に改心した元海賊もいた。

 結局、いい大人たちが小娘の胸のすくような振る舞いに突き動かされてできたのが、海の狼と称される凄腕の傭兵アロンゾ艦隊である。

 本人は全く知りもしないが、大なり小なりナタリーに惹かれるか、恩義を感じるかしている集団なのだった。

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