第16話 昔話

「大したことがあったわけじゃない。うちの船を含んだ商船隊が嵐にあったんだ」

「お姉さまが家出をしたときのことですわね」

 ナタリーは何ともいえない表情になる。家出と言われればその通りで否定のしようもないのだが、あまり面と向かって言われたくはない。

「と、とにかく酷い嵐が近づいて来ていて、手旗信号で対応を協議したんだ。護衛を務めていた王国海軍の指揮官がとんだ素人でね、岸に船を近づけるように主張したのさ。それに他の商船の船長やうちの船に乗っていた水兵長のアロンゾがこぞって反対したんだが、増々意固地になってしまってね」

「それをお姉さまが説得したんですの?」

 ナタリーは逡巡した。このまま肯定してもいいが、後々誰かから真実がカトリーヌの伝わるのも具合が悪いと考える。

「あー。いや。面倒くさいから指示を無視しろとアロンゾに言った」

「それで?」

「六隻の船団だったんだが、指示に従って岸に近づいた三隻は座礁した。幸いなことにそれで死者は出なかったけどね。それで、嵐が収まった後にその指揮官が指示に従わなかったアロンゾを責めたんだ。波間から救い上げられて海水を滴らせたままで、軍法会議にかけると息巻いたんだよ」

「まあ。それは酷いですね。お姉さまが仲裁したのかしら?」

「まあなんだ。もうちょっと直接的に……」

 ナタリーは右手をちょいと前に出す。

 カトリーヌはあらあらという顔をした。

「あまりにみっともなくぎゃあぎゃあ騒ぐのでイライラしちゃってね。ぶっ飛ばしちゃったんだ」

「それで問題にならなかったんですの?」

「まあ、向こうも小娘にぶっ飛ばされたとは訴えにくかったらしい。結果的に指示は間違っていたのは明らかだったしね。その後に、ちょっとした騒ぎもあってうやむやになった」

「お姉さま含めて多くの方の命がかかっていたんじゃ、命令無視も仕方ないと思いますわ」

「それで、アロンゾ達にやたらと気に入られちゃってね。港に着いたら、飲めや歌えやの宴会になったんだ。その席上のことなんだけど、『姉御は女だけど海の男だ。貴族なんざロクなのが居ねえと思っていたが姉御は違う。成人したらぜひ海軍に入って指揮官になってくれって。そうなったらいつでも命を預けまさあ』ってね」

 アロンゾの話し方を真似るとカトリーヌはクスクスと笑う。

「本当に随分と気に入られたんですね。それで今日もあんなに」

 一瞬だけナタリーは寂しそうな顔をする。

「この国じゃ、女の身では海軍にも入れないし、指揮官なんて夢のまた夢だけどな」

「本当にもったいない話よね。お姉さまだったら、一隊の指揮官どころか海軍の総司令官だって務まるわ」

「カトリーヌ。それは言い過ぎだよ」

「ふふふ。それはどうかしら。そうだ。お姉さま。ニコシア帝国なら女性の将軍が居たことがあるそうですわ。お妃は遠慮するから、将軍にしてくれって言ってみたらどうかしら?」

「そんなことを言ったら、皇弟殿下は目を回すかもしれないな」

「分からないわよ。お姉さまの実力は凄いもの。海賊をやっつけた時も凄かったんでしょう? ああ、やっぱり私も直接見たかったわ。そうだ。お姉さまが将軍になるんだったら、私もニコシアでどなたか、お姉さまに匹敵するような素敵な殿方探そうかしら」

「さあ、この話はこれぐらいにして、着替えて食事にしよう。もうお腹が空き過ぎて眩暈がする」

「はい。将軍閣下」

 ふざけるカトリーヌを見ながら、ナタリーもニコシアで仕官するのを本気で検討するのも悪くない考えだと思い始めるのだった。

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