第15話 夕景
夕陽が赤々と大理石を照らす中、望楼へと歩みを進める。
「お頭。上も確認しました。その場に居た連中は全員丁寧に引き払ってもらいやしたぜ」
「おう、ご苦労だったな。じゃあ、引き続き見張りを頼む。そうだ、ズーラは?」
「今お呼びして……。あ、来ました」
海神の信者らしく薄い青のローブを着た若い女性が近寄ってくる。肌は黒真珠を思わせる色合いだった。
「おう、ズーラ。こちらが常日頃話してる姉御だ。ご家来が怪我をされてるんだ。一つ癒しの技を頼むぜ」
ズーラは丁寧に会釈するとジェフリーに近寄り腕を確認する。
「これぐらいでしたら私にも問題なく治せそうです」
そう言ってナタリーの顔を伺う。
アロンゾが横合いから口添えした。
「ズーラはまだ年若いですけど、俺らの仲間も何人も世話んなってます。腕は保証しますがいかがでしょう?」
ナタリーは治療を依頼する。
ズーラは南の方に向かい佇立すると、ジェフリーを目の前に立たせた。両腕を広げて海神への祈りの言葉を口にする。
神法と呼ばれる奇跡の力が働き、ジェフリーの傷が塞がった。
「ありがとうございます」
礼を言うジェフリーにズーラはほほ笑む。
「これも神のお導き。それとあなた様の信仰の強さによるものです」
神法の効果と成否は、助けを求める神の力の強さ、求める加護の内容、神法を行使する者の能力の高さ、施術する者とされる者の双方の信仰の強さなど多くの要素が影響する。
信者が多い神であればあるほど、より大きな力をこの世界に及ぼすことができた。海で生計を立てている者が多いので、海神はこの地方では信者が多い。
また、信じる神が同じであるかどうかも、多少は効果に影響はあるが、異なる神の信者であっても構わない。神という人を超越する存在をどれほど信じているかということの方が強く働いた。
ジェフリーは豊穣の神を信じているが、信仰心は厚い。
このため、ズーラの祈りは、正しく効果を発揮した。
謝礼を渡そうとするジェフリーに対してズーラは固辞する。
「アロンゾさんに普段から十分に頂いていますので」
一礼するとズーラは本殿の方へ去って行った。
アロンゾが声をあげる。
「さて、治療も済んだことだし、望楼に上がってみてくだせえ。今なら夕陽の眺めに間に合います」
望楼へと昇る階段の扉をアロンゾの部下が開けて待っていた。精一杯恭しい態度でナタリー達を迎える。
「それじゃあ、お先に行かせてもらいます」
アロンゾが先に扉をくぐった。
次いでナタリー、カトリーヌが続き、ジェフリーが殿を務める。
ぐるぐるとらせんを描く狭い階段を登っていった。
一周するごとに小さな明かり取りの窓から日が差し込んでいる。
最上階に到達してアロンゾが扉を開け望楼に出た。
カトリーヌが歓声をあげる。
遠く水平線に沈みゆこうとする真っ赤な太陽から光の帯が伸びて海の上に一筋の道ができたようだった。
その左右には大小さまざまな島が横たわっている。
港へと急ぐ商船や漁船が白く波を立てて行きかっていた。
漕ぎ手のタイミングを合わせる太鼓の音が微かに響き、ねぐらに帰る海鳥の鳴き声と混じる。
強く吹いていた海風が今では微風となってナタリー達を優しくなでた。
ロンガーネからの景色も美しいが、大海原が広がるばかりで変化に乏しい。その点、ナザーリポリ周辺は地形も複雑で、大灯台や神殿をはじめとする建物も多く見飽きなかった。
太陽が沈み切ると大灯台からの光が薄闇を切り裂く。島々の建物にも明かりが灯り夕景とはまた異なった美しさを見せた。
「そろそろ戻りませんと」
ジェフリーが声をかけるとカトリーヌが同意する。手回しよくランプを用意していたアロンゾが一つをジェフリーに渡し、もう一つを持って階段を先導した。
下まで降りると礼を述べて別れを告げるナタリーにアロンゾは提案する。
「お泊りになっているところまで送りますよ。夜になるとガラの良くねーのが出ますんで。なに、一緒に案内するのは俺だけです。変なのをぞろぞろ連れていたっていう世評を心配しなくても済むようにするんでご安心を」
ロンガ家が常用している宿にたどり着くとアロンゾは、ではこれでと消える。
部屋に戻るとカトリーヌがソファに身を投げ出した。
「疲れたけど楽しかったわ」
きらきらした目でナタリーを見上げる。
「お姉さま。本人の前で詳しく聞くのも失礼かと我慢していましたけど、あのアロンゾという方とは実際どういう関係ですの?」
ナタリーは三年前のことを話し始めた。
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