第14話 アロンゾ
ジェフリーの腕前から考えると背後の守りはいつまでももたない。
さりとて全員を斬り捨てるわけにもいかなそうだ。
危害を加えようとする者に対する慈悲の心は沸かないが、さすがにこの人数を虐殺したとなれば世評に関わる。
「なんだ、なんだ? 何を騒いでやがる」
巡視の兵かとの期待も空しく港の方からよく日焼けした一団がやってくる。腰に曲刀を差し、頭巾を巻いたチュニック姿の船乗りたちだった。
気性が荒く、海を住処と心得ていて陸上の決まり事や法を守ろうという意識は低い。常に危険と隣り合わせということもあって、将来のことをあまり考えないという点は貧民街の住民と変わらなかった。
その一方で、船の自衛のためにも曲刀の扱いには慣れており体も頑健である。戦う相手としての面倒さは貧民の比では無かった。
他に邪魔が入らないうちに決着をつけようと思ったのか、刃の欠けた包丁を持った婆さん二人がジェフリーに斬りかかる。
片方は短剣で受けたものの、もう片方はよけきれず、ジェフリーの腕から血が飛んだ。跳ねた血を顔に浴びて老婆が歯のない口を開きヒヒヒと奇声をあげる。
港とは反対の方向へ一か八か突破口を開こうとナタリーが覚悟を決めた時、素っ頓狂な声が上がる。
「あれ? こりゃ、姉御じゃねえですかい?」
ナタリーの横顔を注視していた男が嬉しそうな声をあげた。
「やっぱりそうだ。こんなところで何をしてらっしゃるんで?」
男は急に周囲の痩せこけた連中相手にドラ声を張り上げる。
「おい。このくたばり損ないども。おめえら誰を相手にしてるのか分かってんのか? こちらヴァナンダのクソ海賊どもを一人でばったばったとなぎ倒しなすったロンガ家のナタリー様だぞ。姉御に手を出そうってんなら、このアロンゾ様が相手になってやる。おら。やんのか?」
アロンゾが凄むと群がっていた人々は猫に追われたネズミのように消えた。路上にはナタリー達とアロンゾら水夫だけが残る。
完全に心を許したわけではないが、ナタリーは手にしていた剣を鞘に戻した。
「助かった。礼を言う」
軽く頭を下げるナタリーにアロンゾは両手を振って恐縮する。
「とんでもねえ。姉御に頭下げさせたら罰があたりまさ」
横からカトリーヌが小声で問いかけた。
「こちらの殿方はどなたですの?」
ナタリーはアロンゾ一行を見渡す。チュニックの裾に揃いのイルカの刺繍がしてある水夫たちのほとんどは記憶が無いが、アロンゾの顔だけは辛うじて覚えていた。
三十ぐらいの年齢でやや猛々しい顔立ちだったが目は澄んでいる。
「以前乗った船で知り合ったんだ。当時は水兵長だったな。三年前ぐらいか、ミセーノ岬の沖合で嵐にあったときに世話になった」
「そいつはこっちのセリフでさ。今こうやって生きてられるのも姉御のお陰で。おっと、こんな汚ねえ場所で立ち話とは失礼しました。こんなところに用があるはずはねえ。どこかに通り抜ける途中ですよね?」
「ああ。海神の神殿にな」
「なるほど。望楼からの景色をご覧になりに来たということですか。そういうことでしたら任せて下せえ。ちゃんと送り届けさせてもらいやす。なあに、俺は姉御からしたらちんけな男ですが、この辺の連中にゃ睨みが効きますんで。おい、野郎ども露払いしな」
「へい。お頭」
ざっと水夫たちが駆け出した。
ようやく余裕ができてナタリーはジェフリーが腕に怪我をしているのに気が付く。
「ジェフリー。大丈夫か?」
「ちょっと斬られましたが大した怪我じゃありません」
アロンゾが割り込む。
「あの連中の汚ねえ刃物で斬られたんなら、ちゃんと処置しておいた方がいい。ちょうど海神の神殿には知り合いがいるんだ。駆け出しの神官だが癒しの技はちょいとしたもんだ。いずれにせよ神殿に向かいましょうや」
アロンゾは先導を始める。腕組みをしたまま、ナタリーの剣の届く範囲を歩いた。
振り返ってニッと笑いかける。何かあれば自分を難なく斬り伏せることができる位置に身を置くことで害意が無いことを示していた。
「どうもありがとうございました」
歩きながらカトリーヌが礼を言うとアロンゾは照れながら日焼けした首筋をかく。
「いや。礼なら姉御に言って下せえ。姉御のお連れさんといや、俺にとっちゃ恩人と一緒でさあ」
「姉御というのは?」
「俺達水夫の間で一番偉い人の呼び方でさ。男ならお頭、女だったら姉御ってね」
「ということは、あなた方はお姉さまの部下なのかしら?」
「おっと、いけねえや。姉御の妹さんでいらしたか。失礼をば」
改めてアロンゾは頭巾を取って会釈をする。
「いや、俺達が勝手に姉御と慕ってるだけで、正式に配下と認めてもらってるわけじゃありやせんや。気持ちだけなら誰にも負けねえつもりですがね。おお、神殿はもうすぐでさ」
話をしている間に広い通りに出る。坂道を登るとすぐに海神の神殿だった。
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