第12話 命令

 美しき女性たちが集められている部屋から少し離れた場所にある書斎ではナーガ公爵が部下のノーランを呼びつけている。

「お呼びですか。公爵様」

「ノーランか」

 デスクの上の手紙から目を上げるとナーガ公爵は手招きをした。

 直立不動の体勢を取るノーランの顔に視線を注ぐ。

 真面目で忠誠心は疑いようもなく、剣の腕も家中ではずば抜けている。他にこの任務を任せられそうな部下はいなかった。

「そなたに新たな任務を与える」

「はっ。どのようなことでしょうか?」

「その前に我が国とニコシア帝国が戦うとなったらどうなるか、そなたの意見を聞きたい」

 ノーランは困惑した表情を浮かべる。

「もちろん我が国が勝利するものと信じております」

「もしそれが軍事の専門家としての意見なら失笑を禁じえんな。ここには二人きりだ。忌憚ない話を聞かせてくれ」

 主君の鋭い視線と語調にたじろいだ。

「ベルティア教国との間に波風が立っていないという条件でしたら、我が国の勝機は少ないと言わざるを得ないでしょう。ニコシアは海軍は脆弱ですが陸軍は精強です。シッタルア海峡を渡るのを阻めなければかなり厳しいかと」

「うむ。まあ間違ってはおらんな。もう少し国防に力を割かねばと思うが、この国では戦うことを野蛮とする風潮でそれもままならぬ。結果としてかの国と我が国の戦力差は開く一方だ。肝心の我が国の海軍も弱体化が著しい」

 ナーガ公爵は腕を組んだ。ノーランは意を決して主君に質問をする。

「小官にそのようなお尋ねをされたことと新しい任務にはどのような関係があるのでしょうか?」

「ニコシアの皇弟殿下が我が国の貴族の娘を妃候補として求めている話は知っているな。いずれは帝位を継ぐ方だ。どの程度の抑止力になるかは分からぬが、妻が懇願すれば無体なことはすまい。我が国の安全のためにも皇弟の腹心ユータス侯爵が見初めた七人をニカポリスまで無事に送り届けねばならん。それをそなたに任せたい」

「お言葉ですが、王国軍から護衛を選抜するのが筋ではありませんか?」

「軍には私の失脚を狙っている者どもの息がかかっている輩が少なからず居るだろう。信用できん。その点、そなたなら間違いはない」

 その信頼に見合う待遇にして欲しいものだがとノーランは腹の中で考える。ただ、口に出しては別のことを言った。

「公爵様の信頼にはお応えするつもりですが、十分な人数を付けて頂けるのでしょうか? 馬車七台を護送するともなると最低でも五十名ほどは必要になるかと存じます」

 少々吹っ掛けた数字を言ったつもりだったがナーガ公爵は鷹揚に頷く。

「人選はそなたに任せる。怪我や病気に備えて神官の手配もした方がいいだろうな。費用は気にしなくていい。そんな顔をするな。ニコシア西端のドーラスの町まで護送すれば後は向こうの責任だ」

 ノーランは素早く思考を巡らした。金を気にしなくていいというならそう難しくないかもしれないな。普段はお近づきになる機会もない美しいお嬢様のご尊顔を近くで拝むことができるというのも悪くない。行きはともかく帰りは火遊びをしてみたいというお嬢様がいるかもしれないな。

「はっ。一命に代えましても任務を全う致します」

「それでは頼んだぞ」

 ノーランは一礼をして書斎を出た。

 ナーガ公爵に仕える家士の顔と名前を頭に思い浮かべる。ニカポリスの館にいるメンバーだけでは手が足りなかった。幸い公爵の所領は首都に近いところにある。早馬を走らせれば人を集められる目算がたった。

 公爵夫人が侍女を連れて広間に入っていくところに行き合わせる。

 大きく開いた扉の奥には煌びやかな衣装をまとった佳人がまとまって立っているのがチラリと見えた。先日の舞踏会のときに見た中でも選りすぐりの美女ばかり。

 これは俺にも運が巡ってきたかな。

 まだ任務の困難さを身に染みて感じていないノーランは口笛を吹きたくなる気分で、足早に廊下を歩いて行った。

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