第11話 冷めた認識

 実際のところ数人がかり程度ではナタリーは阻めない。

 他家の姫君たちに遠巻きに警戒されている当のナタリーは退屈していた。

 正直な気持ちを言えば、面倒なドレスを脱ぎ捨てて町の武器屋巡りをしたい。さすがは首都ということで質のいい武器を置いている店を見つけていた。

 武器以外では遠くエルフの王国で作られたという魔法の品にも興味がある。

 暇を見つけては掘り出し物を探しに出かけていた。そして、今日偶然見かけた店においてあった短剣が気になって仕方ない。

 その時は約束の時間が迫っており、家人のジェフリーに急き立てられ後ろ髪を引かれる思いで店を後にしている。

 短剣は小さいのに造りがしっかりしていた。確か中つ海を越えた南方のダムス産と言っていた。本当にそこで産する鋼で作られているならぜひとも欲しい逸品だ。

 短刀は自分の出自につながる大切な品を一点所持しているが、その由来からなかなか普段は使いづらい。

 ナタリーは今回の嫁探しの件について完全に冷めた見方をしている。

 ニコシア帝国の伝統に乗っ取って七人の候補を選ぶ必要があったから指名しただけで、自分たちは添え物だと考えていた。

 ヴァロンガは地理的にもニコシアから遠く縁を結ぶメリットがない。

 カトリーヌについてはまだ側室に迎えて愛でるということも有りうるとは思っていたが、自分については全く見当がつかなかった。

 まだ年若く心細いだろうカトリーヌの話し相手にでもするつもりかと一応は納得していた。

 まさかユータス侯爵が自分の踊りっぷりが気に入ったわけでもあるまいと自嘲する。

 先日の舞踏会で侯爵はナタリーのパートナーとなった際に楽団に自国の音楽を所望していた。

 ナザール王国のゆるやかなものと比べテンポが速い。当然踊りも相手と優雅にくるくると円を描くようにステップを踏むものだけでなく、脚を素早く曲げ跳ぶような振付を含む情熱的なものだった。

 ユータス侯爵のリクエストに応じて伴奏がどんどん速くなる。他の組が離脱する中でナタリーと侯爵だけが最後まで踊った。

 曲が終わると侯爵はわずかに上気した顔で賛辞を述べる。

「お見事です」

「侯爵様も」

 簡潔な言葉だが心からのものと知れたのでナタリーも社交辞令ではなく本心から返事をした。

 ナタリーは腕と腰に残る力強さを思い出す。ユータス侯爵自身には悪い印象は無い。

 ほっと息を吐き出すとカトリーヌが気遣った。

「お姉さま。どうされました?」

 ナタリーは首を振る。

「いや、気づまりな空間だなと思っただけだ」

「そうですわね」

 ニコシア帝国の皇弟殿下にお目通りする際の心得を聞かされるために集められている部屋の空気は良くない。

 上級貴族の娘たちからすれば、格下の子爵家の二人と同列に見られるということだけでも不本意なのだろう。確かに装い一つをとってみても二人とは比較にならない。

ドレスに履物、装飾品から手にする扇まですべての値段が一桁ちがうだろうということはその辺に疎いナタリーにも分かった。

「でも、お姉さま。こうやって選ばれただけでも光栄なことですわ」

「まあな」

 二人とも今回の話で自分達が正妃に選ばれるとは思っていない。ただ、そのことによって箔がつくことが期待できた。

 ニカポリスに行って無事に戻ってくれば、以前期待していたよりも条件のいい求婚者が現れるはずだ。仮にも隣国の皇位継承権を有する者のお妃候補となった娘となれば迎える側も鼻が高い。

 もちろんスキャンダルでも起こせば話は別だ。だから、品行方正にしつつ優雅な旅行を楽しんで戻ってくるつもりだった。

 ナタリーは薄ぼんやりとそれ以外の思惑も浮かびつつあるがまだ明確な形とはなっていない。

 はなから争うつもりがないので、他の五人の視線も気にならなかった。

 適当に距離を置きつつ相手を立てておけばいずれ二人のことは相手にしなくなるはずだ。本当にライバルとなり蹴落とすべき相手が誰かは、五人もやがて気づくことになる。それまでの辛抱だった。

「ねえ。お姉さま。ニカポリスには妖精の羽のように軽いショールがあるそうです。目にすることができるかしら?」

「できるといいな」

 そう答えつつ、ナタリーはショールではなくかねて聞く業物の剣のことに思いをはせていた。

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