第三章 それぞれの思惑
第10話 五花繚乱
「そんな仮定の話をしても仕方ないでしょう。それよりもこれからのことを考えませんか」
「そんなこと言われなくても分かっている。それで邪魔が入る心配は無いんだろうな?」
アーデバルトがいつもの顔を取り戻したことにほっとしながらゲオギロスは報告する。
「お妃候補として慣例どおり七人の令嬢をお迎えする手はずが整いました。もちろん本命がナタリー様だとは分からないようにしてあります。向こうでは妹のカトリーヌ様のお付きだと思われているはずです」
「分かった。では予定通りに歓迎の準備を進めよう。それで、ナタリーの好きなものの調べはどうなった?」
「それがなかなかに難しく。引き続き情報収集に努めます」
「頼んだよ。ゲオギロス」
ナタリーがナザーリポリでは武器屋巡りばかりしていたことは胸にしまいつつ、ゲオギロスは歓迎の準備に思いをはせる。
いっそのことナタリーを迎える部屋に我が国の優れた弓矢や刀剣を並べたらどんな反応をするか見てみたい、との誘惑がゲオギロスの頭からなかなか離れなかった。
◇
アーデバルトがユータス侯爵を詰問していた頃、そこから遠く離れた豪奢な屋敷の一角で複数の男たちが額を寄せ合っていた。
「しかし、我が娘シャルロッテが怪我でもしたらどう責任を取ってくれるのだ?」
「だから先ほども説明したでしょう。これは見せかけだけです。ニカポリスへ令嬢たちを運ぶ車列に異変があれば、これは大きな失態だ」
「そうそう。ニコシアとの連携を進めるナーガ公の面目は丸つぶれ、ニコシア側も公爵を責めるでしょう。一度波風が立てばあとはそれを大きくしていけばよい」
「だが無頼の輩を使うのだろう? 娘の美貌に惑わされて不埒なことを考える奴にかどわかされでもしたらどうするのだ?」
「そこは上手くやりますよ」
「しかし……」
なおも言いつのる男に対して一座の長らしき壮年の男が両手を広げる。
「ミズリナ伯爵。お嬢さんは事が終われば我が息子の嫁となるのだ。いわば我が娘と一緒。この私がそのような手抜かりをするとでも?」
「いえ、そのような……」
「悪いようにはせぬ。我らは同志ではないか。このままでは我が国がはるか昔のように再びニコシアの属国のようになってしまう。そうならぬように立ち上がったことを忘れたわけではあるまい」
「そうだぞ。ミズリナ伯爵。貴殿の領地はニコシアと境を接しているのだ。何かあれば最初に併呑されるのは貴殿なのだぞ」
「分かった。だが、くれぐれも娘のことは頼みますぞ」
「では、決まりだな」
◇
ナザーリポリのナーガ公爵の屋敷。
その広間では艶やかな女性が美しさを競っていた。五人はいずれもナザール王国の有力貴族の娘である。父親の爵位は最低でも伯爵であり、ナタリーのロンガ家よりは格上だった。
いずれの家も領地の位置や経済的な結びつきからニコシア帝国とは関係が深い。
先代のナザール王の時代には小規模な国境紛争があったが、現王になってからは少なくとも表面上は友好国である。ナザールより強大なニコシア帝国の皇位継承順位第一位である皇弟の妃の立場は非常に魅力的だった。
他人の目がないこの場所では自然とお互いに対抗心を露わにしている。
五人が火花を散らしあう一方で格下のロンガ家のカトリーヌに対しては一致して見下していた。
確かに自分達と遜色のない容貌を有しているとはいえ、所詮は三流貴族の娘である。家格が釣り合わないと最初から競う相手とはみなしていなかった。
ましてやナタリーについてはなぜ選ばれたのかが不思議でならないという程度。
ただあからさまな侮蔑の表情を向けるのは避けている。
先般のヴァロンガ襲撃事件については近年では大規模な海賊行為だったこともあり貴族の子女であっても耳にはしていた。
ナタリーがその気になれば自分たちを害するのは容易だということは理解している。
自分の家の衛士が居ない場であることも強く意識していた。
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