第十二章 暗殺者の襲撃
第54話 侵入
内宮の門が開かれ姫君たちが歩いて中に入る。
ここから先で馬車を使うのが許されるのは皇帝夫妻と一親等の親族に限られた。
広場を横切り、豪華な建物に案内される。
恭しく扉が開かれ広間に入ると、職人たちが何年もかけて編んだ絨毯が敷かれた部屋の奥にエウデキアとアーデバルトが並んで座椅子に座っていた。
天井の高い空間だというのに、いくつものランプの光がまるで昼間のように明るく照らし出している。何かの香木が焚かれて馥郁たる香りに包まれていた。
二人の前には低い足付きの座卓がそれぞれ置かれている。手前側には向かい合わせになるように七つの座椅子と座卓が用意されていた。
召使たちが姫君を案内して席に座らせる。
父親の身分に応じて真ん中から左右へと順に割り当てられた。
ナタリーとカトリーヌは両端の席になる。
姫君たちは皆緊張した面持ちで前皇后エウデキアとアーデバルトに頭を下げた。
今日はナザール式の上下一体のドレス姿ではなく、ニコシア式に両肩の出た半そでの上着とズボン姿である。
いずれも軽やかな生地でできた衣装は姫君ごとに色が異なっており、頭から腰の後ろまで薄物のスカーフが垂れていた。
イヤリングやネックレスなどの装飾品は自前のものもあるが、衣装自体は色が違うことを除けば同じものである。
ナタリーは髪を後ろでまとめ上げ、贈り物の長いピンを刺していた。
エウデキアが鷹揚に頷くと姫君たちは一斉に腰を下ろし横座りする。
それを合図に召使たちが料理や飲み物を運んできて座卓の上に手際よく並べていった。
「ようこそ皇宮へ。私はエウデキア・シッタイア。今日は皆さんと良く知り合えることを願っています」
もう六十近い年齢であるはずなのに声には張りがあって力強い。柔和な笑みの中にも芯の強さがうかがい知れた。
アーデバルトが母親に一礼すると、順に姫君を紹介していく。
名前を呼ばれた姫君は胸の前で掌を合わせて頭を下げる。
シャルロッテの名前が呼ばれた時だった。
ナタリーは背中に言いようのない寒気が這い上がるのを感じる。異様な感覚は今までの人生で初めてのものだった。純粋な殺意の塊とも呼べるものにさすがのナタリーも体が自然と強張ってしまう。
ただそれも一瞬のことだった。戦士としての本能が体を動かすことを命じ、すっくと立ちあがって振り返る。
腰が軽いのが悔やまれた。
「狼藉者!」
その声にかぶさるように断末魔の悲鳴があがった。
「国母さま、殿下お逃げください」
広間の扉が乱暴に押し開けられ、皆の視線がそちらにむかう。
落ちくぼんだ目に土気色の肌をした幽鬼のようなものが五体侵入してきた。
武者隠しから次々と兵士が湧いて出てきて人垣を作り、侵入者に斬りかかる。
その剣を侵入者は難なく腕で受け止めた。血が滲みすらしていない。無表情なまま反対の手刀を兵士の剣を持つ腕に振り下ろした。
ぱっと血がほとばしる。剣ごと肘から先が斬り落とされた。
「怯むな!」
兵士たちを叱咤しながらユータス侯爵が剣を抜きざまに別の侵入者に斬りかかる。
侵入者はさっと身をかわした。
鋭くユータス侯爵は斬りたて追い詰めていく。
その間に残りの四体は兵士たちを蹴散らしながらアーデバルトの方に進んできた。
そのうちの一人が怪鳥のように兵士を飛び越えて迫る。
ようやく立ち上がったばかりのアーデバルトをエウデキアが庇って前に出た。
「お逃げなさい」
エウデキアごと刺し貫こうと侵入者が腰を捻って右腕を引く。
あわやという瞬間、横合いから駆け寄ったナタリーが髪留めのピンを抜いて握った。はらりと赤い髪が広がる様はランプの光を受けてまるで炎をように見える。
ナタリーは侵入者の耳をピンで突き刺した。侵入者は立ったままの姿勢で絶命する。
ナタリーはピンをそのままにしてエウデキアを押しのけると、呆然とするアーデバルトの腰の剣を引き抜いた。
兵士を排除して突き進んできた次の侵入者の胴を払う。
あろうことかキンという音がして剣が弾かれた。
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