第55話 暗殺者
繰り出される侵入者の手刀を剣を返して受け止める。
「くそっ。なまくらかっ!」
侵入者が両腕と脚で攻撃してくるのをナタリーは一本の剣で防ぎきった。しかし、ナタリーの攻撃も浅手を負わせることしかできない。
その侵入者の顔に何かが張り付いた。
どこから入り込んできたのか火蜥蜴のピートが体を震わせ真っ赤になる。
肉の焼ける臭いが漂い、侵入者は顔を押さえながら昏倒した。
同時にピートが床にぽとりと落ちる。全身が灰色になっていた。一気に熱を発し過ぎて疲れたらしい。傷を負ったわけではないことにナタリーは安堵する。
この間にユータス侯爵は一体を斬り伏せて、別の一体と戦っている最中だった。
しかし、もう一体、他より禍々しいものを放つ一体が腕を横殴りに振るい、数人の兵士をまとめて吹き飛ばす。
ナタリーは手の中の剣を見て歯ぎしりした。
刃がボロボロになっている。儀礼用の剣なのだろう。
「何があるか分からないんだから、飾り物を佩くんじゃねえ」
愚痴をこぼしてしまう。剣の持ち主を力いっぱい罵倒したいところだが、そのためにも目の前の侵入者のボスらしき強敵を倒さなくてはならなかった。
ただ、この刃の欠けた剣が通用するとは思えない。
それでも、ここで退くという選択肢はなかった。人生には逃げてはいけない場面がある。今がまさにその時だと理解していた。
ナタリーは大きく踏み出し刺突する。
この化け物どもは体はまるで鋼のようだが、最初に倒した相手の様子からも鍛えられない部分はあるらしい。
口を狙って鋭く刃先が迫るがボスは無造作に腕で受け止めた。
ナタリーは休まず剣を振るい続ける。
攻撃をやめたら反撃が来るのは分かっていた。
余裕を見せてしのいでいたボスは踏み込みの甘い一閃を左手で受けると両手で剣を奪い取る。ボスは鼻を鳴らすと剣をつかむ腕に力をいれて曲げてしまった。そして、ポイと投げ捨てる。
ナタリーは後ろに跳んで距離を取った。
今まで無言だったボスが初めて言葉を発する。
「ここまでのようだな。喜べ。お前の魂を我らが神に捧げてやろう。愚かな異教徒だが、これだけの腕を持つ者を倒せば、我が功徳も積めるというもの」
ナタリーは足元の曲刀を沓で蹴りあげて掴んだ。
先ほど吹っ飛ばされた兵士の持ち物らしい。刃は薄くゆるやかな曲線を描いていた。使い慣れない形状の武器だが贅沢は言っていられない。
二三度左右に振ってバランスを確かめるとナタリーは再びボスに突っ込んで行った。
「くたばりやがれ!」
乙女にあるまじき言葉を乗せて曲刀を水平に薙ぐ。ボスの目を狙った一撃は顔を庇った腕に阻まれた。金属を引っかくような高音が響き渡る。
ボスの腕に赤い線ができていた。薄く血がにじんでいる。
「ほう。思った以上にやるようだ。名を名乗れ」
「人に名前を聞くときは先に名乗りやがれ。このうすらボケ」
ナタリーは叫びながら刀を何度も斬りつけ滑らせた。
硬い岩石を木べらで削るようなものでほとんど効果はない。
ボスは哄笑する。
「いいぞ、いいぞ。今にその顔が恐怖と絶望に染まるのだ。あはは」
ナタリーは攻撃を続けながらも唇を嚙みしめた。確かにこの刀で倒すことは難しい。ユータス侯爵はまだ加勢できないのか?
視線が逸れたのをボスは見逃さなかった。
猛然と反撃を開始する。
ナタリーは必死になって手刀をかわし、蹴りの下をかいくぐってボスの攻撃をよけた。全部をよけきれず手刀が腕にかすっただけで皮膚が裂けて血が吹き出す。
「くそっ」
ナタリーは腕を払ってボスに向かって血を飛ばした。目にかかりそうな血をボスは腕でうける。
視線が塞がった好機に曲刀の切っ先を口に向かって突き入れた。
口に入ったと喜んだのも束の間、ボスの歯ががっちりと刀の切っ先を噛んでいる。両腕で水平になった刀を叩き折り、残った刃を吐き出した。
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