第37話 秘めたる思い

 ジェフリーがお供に付いてくる。

 散策と言ってもナタリーの場合目を留めるものは決まっていた。

 武器と防具の店に入ると熱心に武器の品定めを始める。

 ナザールに比べると気温が高く、南の方には砂漠が広がっていることもあってニコシアでは比較的に軽装だ。そのため、剣は刃の薄い切り裂くことを目的にした曲刀が多い。

 また柄の部分に宝飾品をあしらったものも見受けられた。

 見た目だけのナマクラをあっさり見分けると店主の態度が変わる。

 最終的に実際に購入するわけではないのだが、時折鋭い質問を挟むナタリーに感じるところがあるのか話が弾んだ。

「ナタリー・ロンガ様。ひとつお願いがございます」

「私の名前を知っているのか?」

「それはもう。高名でいらっしゃいますから」

 悪名でも無名には勝るか。ナタリーは心の中で自嘲する。

「武器の扱いに巧みということはかねてよりお聞きしておりましたが、ここまで目利きにも長けていらっしゃるとは存じ上げませんでした」

「うん。まあ好きだからな」

「そこでですが、ナタリー・ロンガ様のお目にかなう品について書き付けを賜りとうございます。もちろん相応のお礼を差し上げます」

「別に礼などいらない。いいものを見させてもらった礼に書き付けぐらいならいくらでも書こう」

 ナタリーは特に気に入った三点ほどについて、その特徴と優れた点を紙に簡潔に書き署名して店主に渡す。

 その間、ジェフリーは一生懸命に知識を吸収しようと努めていた。

「些少ながらこちらを」

「いいや。この程度のことで謝礼など不要だ」

「この書き付けがあれば売値は二倍にも三倍にもなりますので」

「まだ売れたわけでもあるまい」

 ナタリーは丁寧に謝礼を断って店を出た。

 通りを上機嫌で歩いていたナタリーが腰の剣に手を添えて脇道を見る。

 そこにはバクードが人好きのする笑みを浮かべて立っていた。

「さすがにいい反応をする」

「私の前に出てくるとはいい度胸だな。表を歩ける立場ではないだろうに」

 事情が分からないジェフリーもとりあえずいつでも対応できるように身構える。

 バクードは舌を鳴らしながら、人差し指を振った。

「おっと。ここはニコシアだぜ。俺が何者だったとしても、お姫さんが俺に直接手は出せないと思うがねえ」

「何が目的だ?」

 鋭いナタリーの眼光にも全く怯える様子を見せない。

 バクードは後ろに隠していた左手をさっと前に出した。手には見事に咲き誇る薔薇の花が握られている。

「渡しそこねた花を届けにきただけさ」

「ふざけているのか?」

「とんでもない。俺は本気だぜ。まあ、今のところは俺なんか歯牙にもかけないだろうけど、今に大物になってみせる」

「この国の皇弟殿下と張り合おうと言うのか? 立派な不敬罪だし、私の立場も危うくしかねない」

「そうだな。この花はまあ、公式にはお姫様の無聊を慰めるための献上品とでもお考えいただきたい」

 バクードは無造作に近寄ると花束をジェフリーに差し出す。

「高貴なお方へのささやかな品にございます。お納めを」

 一応所作は礼にかなっていた。

「心遣い受け取っておこう」

 ナタリーの言葉にジェフリーは仕方なく受け取る。馥郁たる香りに包まれた。

 バクードは一礼するとぱっと身をひるがえして路地の奥に消える。

 歩き出したナタリーにジェフリーは尋ねた。

「あの男は一体?」

「私の熱心な崇拝者だと本人が言っていただろう」

「まったく。姫様にこのようなことをするとは、身の程知らずですね」

 返事がないナタリーにジェフリーは不安が募る。

「まさか。ナタリー様。あのような身分の男に心を動かされたんじゃ?」

 普通ならジェフリーの立場の者が仕える相手に言っていいセリフではない。

 ナタリーは気にもとめず聞き返す。

「もし、そうだと言ったら?」

「おやめください。あんな男の相手をされるなんて」

「ふふ。そうだな。しかし、今は単なる大言壮語だが、私に釣り合う身分まで成り上がるかもしれないぞ。ああいうタイプは調子に乗ると化けるもんだ。大きな手柄を立てれば一躍貴族に叙せられることだってある。そして、皇弟殿下が他の姫君を選んだ後なら不敬も罪に問えまい?」

 ナタリーの言葉はジェフリーの心に潜む願望を揺り動かす。

 それなら僕にだってチャンスはあるわけだ。

 濃厚な香りをまき散らす薔薇の花を抱えなおしながら、ジェフリーはナタリーの背をじっと見つめるのだった。

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