第21話 ズーラ
「悪いが私の矢も回収できたものは少ない。この先のことを考えると矢は譲れない。金なら払えるが」
「参ったなあ。金なんて貰っても、遠くの町まで出なきゃ使えないし。矢を最初から作るとなると大変なんだよなあ。その間どうやって暮らしていこう……」
「両親は?」
「そんなの居ないよ。オレさ、村の外れの炭焼き小屋にお情けで住まわせてもらってるんだ。猟ができないんじゃ追い出されちまう」
「私から村長に良く言っておこう」
「ダメだよ、そんなことをしても。お姉さんはどうせこんな村に二度と来ないって分かってるもん。ここは役立たずを置いておけるほど豊かじゃないんだ」
「この村に未練が無いなら、私の従者になるってのはどうだ?」
「いいのかい? オレみたいなのを手下にして?」
「それだけの弓の腕があれば十分だ。とりあえず三食は食べさせてやれる。給金は……」
最後まで聞かずにバッツは勢いよく返事をする。
「やる。やるやる」
その様子を見てナタリーは苦笑した。
「それじゃ、出発するぞ。あまり待たせるとノーランが困るからな」
「ちょっとだけ待ってよ」
バッツは村長の家に消える。すぐに布に包まれたものを持って意気揚々と出てきた。
「せっかくのご馳走残すのはもったいないから持ってきちゃった。それで、オレだけ歩きってことはないよね?」
「うちの家に割り当てられた馬車の馭者台に乗れ。ほらあれだ」
「もう一つだけお願いが。炭焼き小屋からオレの荷物取って来たいんだけど」
「仕方ないな。炭焼き小屋まで乗せてってやる。案内しろ」
シルバーアロウの鞍にひらりと跨ったナタリーが手を差し伸べる。その手を掴んで馬上の人となったバッツは村はずれを指さすのだった。
その日の夜、部屋にズーラが訪ねてくると、ナタリーは治療を断ろうとする。
「どういうわけか傷の治りは早いんだ。本当に癒しの技は不要だ」
「ナタリー様。勘違いなさらないでください。これは私の為でもあるのです。私は皆さまに何かあった時に治療をするために随行しています。私の仕事を否定しないで頂けますか」
ズーラは毅然としてナタリーを見据えた。
ナタリーはしばらくその視線を受け止めていたが、諦めて了承する。
傷ついた腕を前にズーラは切々と神に訴えかけた。
無為な時間が過ぎるがナタリーはじっとがまんをする。
ちゃんとした食事をとれるほどの時間が過ぎ、ズーラは言葉を紡ぐのをやめた。
目をつぶっていたナタリーが腕を見ると傷はすっかり塞がっている。ただ、日焼けした肌との差は明らかだった。
ズーラに視線を移すと疲れ切った表情をしている。
「手数をかけた。ありがとう」
「いえ。お時間がかかりご迷惑をおかけしました」
「それはあなたのせいじゃない。私の信仰心が足りないのがいけないのだろう」
ナタリーは椅子に座って茶を飲むように勧めた。遠慮していたがやはり疲労が大きかったのかズーラは大人しく座る。
「それではナタリー様のお人柄に甘えさせていただきます。少し休ませていただく間、退屈しのぎに昔話をお聞きください。先ほどは少し言い過ぎました。これには理由がございます」
ズーラは自分が神殿に事実上売られた身の上であることを明かす。前借りをした金額分働けばいい年季奉公であるが、日々の雑用をこなすだけでは何十年とかかる金額だった。
幸い癒しの技への適性があることが判明し、想定よりもずっと短い期間で借金の返済は終わっている。しかし、故郷に戻っても仕事も無く、そのまま神殿で神官として働いているのだった。
「私はこの仕事を通じて人の役に立てる喜びを知ることができました。ですから強い誇りがございます。だからと言ってナタリー様にあのような強い口調で申し上げていい道理ではございません。申し訳ありませんでした」
ナタリーは頭を振る。
「いや。謝罪しなければならないのは私の方だ。人にはそれぞれ大切なものがある。それを否定しようとした私に非があった。私にも誇ることはあるというのにな」
すっかり傷の消えた腕を曲げてみせた。
ナタリーは頭を下げる。
「この旅の間、傷つき怪我をしたときはよろしく頼む」
「はい。怪我をされないのが一番ですが、もしもの際には精一杯務めさせていただきます。次回以降はナタリー様の体に慣れ、かかる時間も少しは短くなるかと思います」
ズーラは立ち上がった。
「お茶を御馳走さまでした」
部屋を出ようとするのをナタリーは呼び止める。
「もし、嫌でなければ、また少しおしゃべりをしないか。ズーラの生まれた場所や癒しの技の話も聞いてみたい」
「私などがよろしいのですか?」
「むしろそうしてもらえると助かる」
「では、私もナタリー様の武勇伝をお聞きしたく存じます。アロンゾ様から多少はお聞きしていますけれども直接お伺いしたいですわ」
「了解した」
お互いの仕事に差しさわりの無い範囲でと約束をかわしズーラは部屋を出る。
ナタリーは自分と同様に己の力で新たな道を切り開こうとしている知己ができたことを喜んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます