第20話 巨人

 ナタリーの元へ少年が駆け寄る。手には自分の背丈よりも長い弓を持ち、背中には矢筒を背負っていた。

「なあ。騎士の兄ちゃん。オレの村をあいつから守るのを手伝ってくれよ」

 ナタリーはじろりと少年を見下ろす。助けてくれじゃなくて手伝ってくれか。

「その言、気に入った。助太刀してやる」

 主の意思が伝わりシルバーアロウが駆け出した。

 ナタリーは巨人に近寄り輪乗りしながら弓を引き絞る。狙いはもちろん巨大な目だった。

 十分に引き絞った弓から放たれた矢は見事に目に突き立つ。

 腹に響くような叫び声をあげて巨人は矢を引き抜いた。

 そこへ二の矢、三の矢が着弾する。

 吠えたけり狂う巨人がまとめて矢を抜く。

 目から血を流し周囲を滅茶苦茶に棍棒で叩いて巨人は大暴れをした。

 駆け寄ってきた少年も矢をつがえるとひょうと放つ。

 傷つき血が流れる目にまたもう一本の矢が刺さった。

「少年。やるじゃないか」

「当り前さ。オレは猟師だからね。そうそうオレの名はバッツだから。兄さんもなかなかだと思うよ。やっぱり高そうな矢は違うね」

「バッツ。そんなことより攻撃を続けるぞ。もう目は見えないだろうが暴れたまま村に突っ込んで来られたら面倒だ」

 ナタリーとバッツは矢を次々と放ち続ける。目や、口の中、喉など柔らかな部分を狙って次々と矢が飛んだ。

「申し訳ありません。お待たせしました」

 声に振り返るとノーラン達が四人がかりで木製の台座を据え付けていた。台の上には人が両手を広げたほどの長さの板があり溝が刻まれている。その上には巨大な弓が乗せられ、弦を鉄の爪が引っかけていた。サソリの異名を持つ組み立て式の大きな兵器だ。

 ノーラン達は板の尾部を代わる代わる操作し、弓を引き絞ると大きな太矢を溝に乗せる。引き金を引くとブンという音と共に太矢が空を飛び、巨人の腹に深く突き刺さった。

 ナタリーは近くに控えていたジェフリーに弓と矢筒を投げ渡す。

 シルバーアロウで巨人の周囲を駆け巡りながら隙を見て踵の腱にグレイブを振り下ろした。

 右足、次いで左足と腱を切断するとバランスを失い巨人はどうと横倒しになり、葉を巻き上げほこりがもうもうと舞う。

 巨人は自分が振り回した棍棒で梢を叩き折っていた木に串刺しになった。

 もがくが足の自由が効かず起き上がることができない。

 ナタリーは慎重に近づき斬りつけ離れるを繰り返し出血を強いた。

 ノーラン達も近寄ってくると長い投げ槍を投擲する。

 暴れる巨人の動きは小さくなり、やがて時おり痙攣するだけとなった。

 巨人の体から命の灯が消えるのを確認して、ナタリーは矢を回収すると馬車の方へと戻ってくる。

 ズーラが近寄って来て、ナタリーの体を調べた。

 巨人が暴れまわった時に飛んできた木片がかすめて傷つけたようで、それほど深くないものの腕の一部がスパっと切れている。

 もうすでに血が固まっていたが痛々しかった。

「ナタリー様。その傷を治療します。少しじっとしたままでいて頂けますか?」

「いや。もう血が止まっているし必要ない」

「きちんと塞いだ方が良いかと思います」

「私には効きが悪いし時間がかかる。今はそれどころじゃない。それよりも向こうでズーラ殿を必要としているようだぞ」

「分かりました。時間がかかるのも確かですので、今夜の宿で改めてお時間を頂きます」

 ズーラは礼をして、他の姫君たちの乗る馬車へと立ち去った。

 ズーラの手当てで失神から回復した姫君たちは、こんな恐ろしい場所からは一刻も早く離れたいと騒ぎ立てる。

 ノーラン達は姫君たちをなだめる一方で、巨大な弩弓であるサソリの片づけなどに追われることになった。

 万が一に備え馬車から離れず警戒を続けるナタリーにバッツが話しかける。

「オレの矢、全部使い物にならなくなっちゃった。兄さん、残った矢を少しでいいんで譲ってくれない?」

 そこへノーランがナタリーに近寄って来て恭しく報告した。以前に比べると物腰が丁寧になっている。

「ナタリー姫。慌ただしくて申し訳ありません。準備が整い次第出立したいと思いますが」

 バッツが驚きの声を上げた。

「姫? あんた女なのか?」

「おい。姫様にその口の利き方は失礼だぞ」

 怖い顔をするノーランをナタリーは制止する。

「まあいいじゃないか。ああ、そうだ。出発で構わないぞ」

 渋々引き下がり部下たちに指示を与えに行くノーランにバッツは、あっかんべえと舌を突き出す。

 バッツに向き直ったナタリーは申し訳なさそうにした。

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