第19話 馬上の人

 ノーランもヴァロンガでのナタリーの活躍は知っている。数十名を殺傷し、十名ちょっとを虜囚としたというのは盛りすぎではないかと疑っていたが、馬上の姿を見れば本当かもしれないという思いになった。

 それなりに腕に覚えがあるノーランでもナタリーと戦って勝てるかと問われれば自信はない。そんな手練れが護衛に加わってくれるということは一面ではありがたかった。

 その一方で、ナタリーの体に傷がついたらと思うと大人しく馬車の中に居て欲しい気もする。目立つ顔などに怪我をされて皇弟に咎められたら大問題だった。

 本気でこのナタリーを妻に迎えるつもりがあるとは思えないが、それを言ったらそもそも候補の一人になっていることが疑問である。

 おもしれえ女だ、ということで側妃にしようと酔狂な真似を絶対しないという保証もなかった。

「その恰好では皇弟殿下に聞こえが悪いのでは?」

 というノーランの精一杯の抵抗もナタリーに鼻で笑われる。

「私の素性ぐらいとっくに調べてるだろう。その上で、この私をご指名したんだ。皇弟殿下も私が大人しくしてるなんて期待しちゃいないさ。こんなところで議論しているより少しでも先に進んだ方がいいんじゃないかい?」

 いつまで待たせるのかと他の馬車から小間使いがやってくれば、ノーランも天を仰いで嘆息しつつも出発を告げるしか無かった。

 ナタリーは内心ほくそ笑んでいる。

 危険な山道を進むと聞かされた時に、これで窮屈なドレスから解放されると密かに喜んでいた。

 唯一面倒だったのはナタリーがドレスを脱ぎ捨てている際にカトリーヌが自分も騎乗したいと言い出したことぐらいだ。

「カトリーヌ。馬に跨れるような衣装は持って来ていないだろう?」

「そういうお姉さまだって」

 抗議するカトリーヌの前で大きな革の鞄を開けてみせる。中には普段着と武装が一そろいしっかりと用意されていた。

「どこかの町で私も騎乗服を買わなくちゃ」

「乗る馬も無いぞ」

「シルバーアロウなら二人乗れるわ」

「それじゃあ、私が戦いにくい」

 なんとか、馬車のカーテンを開けておいて良いというところで納得させた。他の馬車では下々の者に顔を見せるなんてとんでもないとばかりにぴたりとカーテンは閉められている。

 やっぱり自分の行動の影響が妹に及んでしまったとナタリーは反省した。血はつながっていないが結構似た者同士の姉妹である。

 浮き浮きとするナタリーに意外なところから苦情が入った。一行付きの神官ズーラから小休止のときに苦言を呈される。

「ナタリー様。一番癒しの技の効きが悪いのですから気を付けてくださいませ」

 お妃候補の一行が病気になったり不慮の怪我をしたりしたときの為に、ズーラは随行していた。もちろん、裏でアロンゾが手を回した結果である。

 出発前に七人に神法を試してみて一番効きが悪かったのがナタリーだった。効きが悪いどころかごく僅かしか効果が生じていない。

 これはズーラの能力の問題ではなく、ナタリーの信仰心の問題だった。

 ナタリーは、これまでの人生で色々あったせいで、ほとんど神を信じていない。

 手足がちぎれるような怪我をしてもズーラにできることはほとんど無いと言って良かった。

 それにしても効きが悪すぎるとズーラはいぶかっている。

 ズーラに向かってナタリーは手を振った。

「ああ。気を付けるさ。肝に銘じておくよ」

 幸いナタリーは頑健だったし、神の奇跡に頼らない応急処置の仕方も心得ている。ナタリー自身は神法の効きが悪いということはそれほど気にもとめていなかった。


 ナタリーが騎乗して警戒したことが正しかったことは、すぐに証明される。

 ノーランが天を仰いで嘆息した三日後、険しい崖を切り開いて通した道を曲がり、休憩を取る予定の小村に着く。

 村長の家で用意されている昼食へと姫君たちを誘導しようとしたときだった。

 ピピっと鳴き声をあげ数羽の鳥が空に舞い上がると、村の先の山の木々の中から巨人がのそりと現れる。

 この地方の山奥に生存すること自体は知られていた。ただ最近では人里に現れることは珍しい。

 人の背丈の三倍はあろうかという体の上の大きな目で周囲を睥睨した。

 昼の食材の存在を認めた巨人は棍棒を振り上げ、のしのしと村に向かって進んでくる。

 大きな乱杭歯の目立つ口を開けて巨人は雄たけびをあげた。

 姫君一行を出迎えていた村人は我先にと逃げ出し道を塞ぐ。

 馭者が宥めても馬は怯えていななき棹立ちとなって落ち着かず、馬車は路上で立ち往生してしまった。

 ノーラン達護衛も自分の馬を御すのに大わらわで迎撃どころではない。

 落ち着いて巨人を見据えていたのはシルバーアロウに跨るナタリーだけだった。

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