第7話 ユータス侯爵

 ナタリーとカトリーヌがナザーリポリに到着して数日後、舞踏会が開催される。

 表面上は何事もないように振舞っているが、我先とばかりに殺到する若い貴族たちにカトリーヌは内心驚いていた。

 辺境にあるロンガ家では貴族との交流もほとんどなく、今までカトリーヌの存在はあまり知られていない。

 男のような女と陰で言われているナタリーの妹というので、どんな凄いのが来るのかと陰口を叩いていた他家の者にとっては、カトリーヌの清楚な姿は驚きでしかなかった。

 自己紹介をする若殿たちに丁寧に会釈をしながら、中庭へ歩みを進めたカトリーヌはちらりと姉の方を確認する。

 今年初参加ではないということで別のグループにいたナタリーはぽつんと取り残されたように一人で佇んでいた。

 その瞬間、自分の我儘が姉にどんなことを強いているのか悟って、カトリーヌは深い後悔を覚える。

 確かにロンガーネの仕立屋が一生懸命合わせたドレスもナタリーの肩の逞しさを隠すことには成功していない。会場のそこここに目立たぬように控えている衛士よりも体つきが良かった。

 実際、ナタリーなら、群がる若殿たちが束になってかかっても万が一にも勝ち目はない。

 それでもカトリーヌは姉のことを可愛いと思っていた。

 二人だけのときに見せる笑顔は素敵だったし、鋭い眼差しではあるものの、よく見れば瞳は深い緑色で引き込まれそうなほどに美しい。

 口を開けば激しい言葉が出る唇も紅がいらぬほどに艶やかな張りがある。

 赤みがかかった髪の毛の色はあまり好まれないが、触れれば遠い異国の布のように滑らかなのだ。

 男達の見る目の無さに憤りに近いものを感じつつ、カトリーヌは周囲の輪を抜けてナタリーに近づいた。

「お姉さま。近くに居て頂けますか。初めてで心細くて」

 手を取ればナタリーは笑みこそ浮かべないものの表情を和らげる。

 カトリーヌに群れていた男たちのうち、気の利いた者は改めて側に寄ってくると、ナタリーにも等分の挨拶をした。

 カトリーヌとナタリーの仲睦まじさを見れば、どう振る舞うべきかは明らかだ。媚を売るかはともかく、ナタリーにも淑女に対するように礼儀正しく接すればいい。

 目的が見え見えな若殿たちにナタリーは内心鼻白むが、それを表情に出すことはしなかった。

 所詮貴族の付き合いに化かし合いはつきものだ。儀礼には儀礼で返す。カトリーヌの今後の為にも、不躾な行動をするつもりはない。

 そして、周囲を観察したナタリーは女性たちが前年のように自分を揶揄するそぶりをみせていないことに気が付いた。

 正確に言えば、他の令嬢たちは他の女性には目もくれず一人の男に熱い視線を送っている。

 すらりと均整の取れた体つきで、精悍さと繊細さのバランスがとれた美しい顔立ちの男だった。

 ゆるやかな長衣を着て布の帯を締めている。その服装から隣国の者と知れた。舞踏会のホステス役のナーガ公爵夫人と談笑をしている。

 ナタリーの視線に気づいたカトリーヌが首を傾げた。

「お姉さま、どうしましたの? あら、ニコシア帝国の方かしら?」

 周囲の男の一人が解説役をかってでる。

「ニコシア帝国の全権大使のユータス候さ。どうも皇弟殿下の花嫁探しをしているらしい」

「そうですか。両国の関係がますます良好になるといいですわね」

「カトリーヌ嬢はご興味がないのですか?」

「そんな大任は私の肩には重すぎますわ」

「確かにそのたおやかな肩に重荷は似合いませんね」

 カトリーヌと話をしていた男はついと視線を外してナタリーの方に一瞬目を向ける。ナタリーと目が合うとすぐにユータス侯爵の方を向いた。

 その意味するところを察したがナタリーは気付かぬふりをする。前回に比べればマシだが、今日も忍耐力を試されそうだなとナタリーは考えた。

 ユータス侯爵の横に控えていた従者らしき男が、侯爵の注意を引く。

 侯爵はナタリー達の方に向けて軽く会釈をし、周囲の男たちからほうという声があがった。

「先方はカトリーヌ嬢に興味があるようだ。これだけお美しいですから当然かもしれませんがね」

 この言葉はあながちお世辞とも言い切れない。

 ナタリーの目から見ても、カトリーヌの容姿は他家の美貌で名高い令嬢と十分に比肩するものだった。

 そこへ衛士の一人の声が響く。

「ナーガ公爵より皆さまがたへご挨拶があります。どうかお集まりください」

 舞踏室の一面にはひな壇が作られ楽団が控えていた。

 その奥の一段高い場所に立つナーガ公爵を囲むように参加者が半円を作る。

 公爵は型通りの陳腐な口上を終えた。

 ホストにはホストの役割と手順がある。別に独創性を求められる場所ではない。

 公爵の挨拶が終わるのを合図に二組の男女を残して壁際に下がる。

 公爵が目の覚めるような美女の腰に手を回し、ユータス侯爵が公爵夫人の手を取った。

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