第4話 決着

 脅かしやがると頭目は額の汗をぬぐう。

 ほっとしたのも束の間だった。

 鞍壺に立ったナタリーが大きく跳躍すると舟の艫にどんと降り立つ。体つきに似合わぬ身軽さだ。

 衝撃で舟が沈みこみ、舳先が上がった。

 櫂を持って呆然とする男達は無視し、不安定な船の上をナタリーは頭目に駆け寄る。

「覚悟!」

 頭目が慌てて曲刀を抜こうとしたときには、正面からグレイブが振り下ろされていた。

 澄んだ金属音が潮騒を切り裂いて響き渡る。

 金属製の兜を両断したグレイブはそのまま頭目の体を真っ二つにした。

 血を吹き出し左右に倒れた半身にのしかかられた男たちはそれぞれ声にならない悲鳴をあげる。ズボンに染みができていた。

 返り血を浴びたナタリーが身震いして周囲を睥睨する。

 櫂を手にした男たちの誰もが腰の曲刀のことは忘れていた。

 自分たちの目の前にいるのは人間ではない。死神としか思えなかった。どこに死神に刃を向ける者がいるだろうか?

 ある者は失禁し、ある者は魂を空の彼方に飛ばして、ナタリーを見ていた。

 跪き両手を頭の上に組む命乞いの作法すら忘れて、ただただ固唾を飲んでいる。

 はあっとナタリーが大きく息を吐きだした。さすがのナタリーでもこの立ち回りには息を詰めていたらしい。全身の筋肉が熱を発している。

「ああ。クソ熱い」

 淑女にあるまじき言葉を吐きだすと、左右をじろりと見た。このまま殺して海の藻屑とするかどうかを逡巡する。

 そこへ彼方から大きな呼び声が響いた。

「ナタリー様っ!」

 海上を滑るように数艇の船が進んでくる。一斉に櫂が波を切り、雫が光をまき散らす。船尾にはナザール王国の旗が翻っていた。

 先頭を進む船の舳先に立つのは家中の誰かだろう。

 急ぎナザール王国の海軍を呼び寄せてきたらしい。

 ナタリーはグレイブを肩に担ぐと周囲に向かって声をかける。

「死か労役か、好きな方を選べ」

 想像していたよりも高い声に海賊たちは我を取り戻す。

 見上げれば首の上にある顔の眼光は鋭いが、ひげは蓄えておらず、頬もつややかだった。

 改めて注意深く見れば胸甲に包まれているものも大胸筋にしては大きすぎる。

「お、おんなぁ?」

 一番大胆な海賊の口から声が漏れた。

 びゅんとグレイブが鳴り、鼻先すぐのところにぴたりと刃が止まる。

 幾人もの血を吸った刃が剣呑な光を放った。

 ナタリーが片眉を上げる。

 なんか文句ある?

 表情が雄弁に物語っていた。

 刃を擬せられた海賊はガタガタと震えだす。奥歯を鳴らしながら命乞いをした。

「い、い、のちだけは……」

 返事をせずにナタリーは鼻を鳴らす。

 ナタリーは素早く考えをめぐらした。

 こいつらから被害を受けた町の住民に補償をする必要がある。使った矢の中にはもう使い物にならないものもありそうだ。新たに買うにしても出来のいい矢は高い。

 個人的には気が乗らないにしても、もうすぐ開催される秋の舞踏会の費用も必要だ。

 そしてロンガ家の内情は資金が潤沢というにはほど遠かった。

 ナタリーは周囲を見回す。健康そうな男たちが十一人。他の舟に乗って逃げている海賊はともかく、この連中に対しては排他的にナタリーが権利を主張できる。

 鉱山奴隷として売っぱらえば、それなりの金額にはなるだろう。

 ナタリーには男たちの顔が金貨に見えるようになってきた。

 港の方に向かって顎をしゃくる。

「さっさと桟橋につけろ。百数える間に戻れたら、命だけは助けてやる」

 海賊たちは慌てて櫂を手にすると逆向きに漕ぎ始めた。

 多少はぎくしゃくした動きだったが、確実に岸の方に向かって進む。

 舟のそばに寄ってきたシルバーアロウが首を振り手綱を飛ばす。ナタリーはそれを手にして優しい目を愛馬に向けた。

 肩からピートがきゅきゅという声をあげる。

「ピートもよく頑張った」

 両目の間を指の腹で撫でてやると満足そうに眼を閉じた。


 その様子を大型帆船の船尾の甲板から眺めやる二人連れ。フードを目深に被った方が感嘆した声を出す。

「凄い……。ゲオギロスならあの戦士に勝てるかい?」

 華美ではないがしっかりとした鎧を身につけた眉目秀麗な青年は、その問いに曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

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