第3話 ナタリー無双
確かに襲撃を受けているというのに、ロンガーネの港内の広場にはあまり海賊の姿は見えない。
港に停泊している大型帆船の一部から黒煙が上がり、ナタリーの鼻に焦げた臭いが漂ってきた。賊の主力はその船を狙っているようだ。
小鼻にしわを寄せながら、ナタリーは目を細めた。
視界を遮る煙越しに、船べりを鉤紐でよじ登る姿が認められた。ほぼ上半身裸の白い肌にくすんだ金色の長髪姿だ。
ナタリーはグレイブを鉄環に引っかけると、背負っていた弓を手に取った。
矢筒から矢を取るとキリキリと引き絞り放つ。
大柄の男でも満足に引ききらない強弓から飛んだ矢は男を舟板に縫い留めた。心臓を正確に射貫かれ男は既に絶命している。
矢柄をつたった血が羽を赤く染め、帆船に群がっていた一団から狼狽の叫び声が上がった。
ナタリーは馬上から次々と矢を射かける。
何人もが船板に縫い留められた。
瞬く間に矢を撃ち尽くす。
矢筒が空になるとナタリーは再びグレイブを手に愛馬を走らせた。
波止場の一角に陣取って指揮をしていると思われる集団に向かう。
真ん中に兜を被った背の高い男が居た。
曲刀を手にした男たちがバラバラと駆け寄ってくる。いずれも逞しい体つきで、そこかしこに刀傷を負い、不敵な面魂の荒くれ者だ。
ナタリーの住んでいるナザール王国の版図から見て、中つ海を西に抜け外なる海を北に進んだ位置にあるヴァナンダ王国の周辺部を根城にする海賊らしい。
はるばるロンガーネまで出没することは珍しいな、と思いながらナタリーはグレイブを左右に振り下ろした。
海賊たちは腕や首を飛ばされて地面に横たわる。
ナタリーは馬上であるし、武器のリーチも長い。元々有利なところに加えて、巧みに馬を操り海賊を寄せ付けなかった。
ブンという弦音にナタリーはグレイブで弧を描く。飛んできた矢はすべて弾かれ、中ほどから折れて地面に落ちた。
離れた場所から罵声があがる。
弓を構えた一団がいた。
馬腹を蹴るとシルバーアロウが疾走し、弓を構えた数人を飛び越える。グレイブが一閃し男たちは悲鳴をあげて倒れた。
火蜥蜴がナタリーの肩から飛び、まだ無事な男の弓の弦につかまる。体をこわばらせると真っ黒な体が炭を熾したように真っ赤になった。炎があがって弦がぶつんと切れる。
その勢いを利用して火蜥蜴は宙を飛び、次の弓に取りついた。
今や、狩る方が狩られる番となる。
ナタリーに剣を向けて来た者も弓を引いた者も等しく斬られた。
恐慌をきたした者達がどたどたと桟橋を走って、自分たちの乗ってきた喫水の浅い舟に殺到する。
「ピート!」
ナタリーに呼びかけられると火蜥蜴はパッと飛び上がり、背中の羽を広げると短い距離を飛んで肩に鎮座した。
さも一働きしたという風情で寛ぐ。
火蜥蜴が落ち着くと逃げる海賊を追いかけナタリーは容赦なく斬り捨てた。町の住民にも被害はあるだろうし許すつもりは無い。
ロンガーネを襲うという愚かな真似を二度とさせないためにも、恐怖は骨身に染みてもらう必要があった。
先に喧嘩を売った責めは海賊にある。
どうも状況から停泊している大型帆船を狙ったもののようだが、ロンガーネの町に停泊中に襲うということはロンガ家に対する挑戦と見なせた。
ナタリーは一団をせん滅して馬首を返す。
角笛が吹き鳴らされるのが聞こえた。
遠目に兜を被った男がナタリーのいる側とは反対の方に向かっている。
逃がすものか。ナタリーは木の桟橋を馬で駆けた。
その辺の有象無象には目もくれず、頭目と思われる男を追う。
男は十人近くの部下たちと一緒に細長い舟に飛び乗った。
「舟を出せ」
後ろを気にしながら大声で怒鳴る。
部下たちはそれぞれ櫂に飛びつくと岸壁を押し、一斉に漕ぎ始めた。
舟は桟橋から離れてするすると沖合に進む。
「覚えてやがれ」
ここまでは追って来れまいと叫んだ頭目の顔が引きつった。
桟橋を疾駆してきた銀毛の駿馬は躊躇せず踏み切ると海に向かって跳ぶ。
そんな馬鹿なと思った頭目だったが、舟まであと大人の背丈二人分ほど離れたところに馬が着水する。大きな水しぶきがあがった。
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