第2話 避難民
その頃、ナタリーは既にロンガーネへの道のりの半分近くを消化している。さすが愛馬は
木立を抜けて島の最高地点に到達すると緩やかな坂道の先にロンガーネの町の姿が目に入る。港の方から黒煙が上がっていた。海賊どもが停泊している船か、倉庫に火をつけたらしい。
ナタリーが奥歯をぎりっと噛む。シルバーアロウは主の気持ちを感じ取ったのか速度を上げた。
真っ赤に燃えるような髪の毛をなびかせながらナタリーは前方をひたと見据える。きっと妹が不安がっていることだろう。
不埒者は叩き潰す。
余人が見たら悲鳴をあげそうな凄惨な表情を浮かべた。
疾駆するナタリーの姿を認めたのか、陸側の門に近づくと跳ね橋が降ろされはじめ、半分ほどのところで止まる。
「跳べ。シルバー!」
ナタリーの声に堀際から跳躍したシルバーアロウは余裕をもって、跳ね橋に着地した。カッカと音をさせながら木製の跳ね橋を駆け下りる。
そのままレンガを敷き詰めた通りを駆け抜け、ナタリーは館に向かう。海に向かって傾斜している街並みの最高部に館はあった。
館の周囲には壁が巡り、衛士たちが十名ほど正門を固めている。
その中には鎧姿も勇ましく槍を構えるバルドの姿もあった。
「姫様!」
ナタリーの姿を見ると一様に喜色を浮かべる。
手綱を引き絞ってシルバーアロウを止めた。
階上のバルコニーから鈴のような声が降って来る。
「姉さま」
見上げれば、白いドレスを着た妹のカトリーヌが手を振った。
美しい金髪が太陽の光を受けて輝く。
「カトリーヌ。外に居ては危険です。流れ矢などに当たったらどうするのです?」
「ここにはまだ賊の姿は見えないわ。それより港が」
「分かった。私がなんとかします。ですから、身を隠してなさい」
ナタリーは衛士たちに視線を向ける。
「カトリーヌを頼んだぞ」
次いでバルドに声をかけた。
「爺はほどほどにな。腰をやってもしらんぞ」
「なんの。ワシもまだまだ海賊の一人や二人」
「それは頼もしい。ではここは任せた。それとピートを」
肩に乗る火蜥蜴を掴みバルドに手渡そうとする。
ピートはするりとバルドの手を逃れるとナタリーの腕を器用に駆け上って肩に鎮座した。金色の瞳がくるくると渦を巻き不満を示す。
「留守番は嫌ということのようですな」
バルドが苦笑した。
ナタリーは肩をすくめると手綱を一振りする。シルバーアロウが再び勢いよく駆け出した。
坂道を下って港に向うと、すぐに道は血相を変えた者たちで一杯になる。持てるだけの荷物を持ち子供や年寄りの手を引いてできるだけ高いところを目指していた。
ナタリーは愛馬の名を叫ぶ。それに合わせて、シルバーアロウは高く跳んだ。
道の両脇に立ち並ぶ民家の白い漆喰で塗り固めた屋根に着地する。階段状になっている民家の屋根へと下っていった。
避難している者達が蹄の音に見上げナタリーの姿を認めると、一斉に安堵の叫びをあげる。
「ナタリー様だ!」
「ありがたや。これでもう安心だ」
「姫さま、がんばって~」
巧みな手綱さばきで町を下ったナタリーは、避難する人波も見えなくなった街路にシルバーアロウを着地させる。
港と町を隔てる内壁の階段を駆け上り、シルバーアロウを空中に躍らせる。
「姫様っ!」
内壁に詰める兵士たちが叫び、ナタリーは手を挙げそれに応える。私に任せておけ。背中が語っていた。
港の広場に着地すると、十歩ほど先では一人の男が曲刀を振り上げている。その前には男が何かに覆いかぶさるようにしていた。
シルバーアロウが男を目掛けて駆け寄り、ナタリーが鞍に固定していたグレイブを外し大きく振るう。
曲刀を持っている男が血煙をあげて倒れた。
「さあ、今のうちに町の方へ」
伏せていた者が顔を上げる。その下からは少女が顔をのぞかせた。涙に濡れた顔に嬉しそうな表情が浮かぶ。
「姫さま」
叫ぶ少女にナタリーは馬上で頷く。
「待たせたわね。悪い奴は私がやっつけるから」
そして、ナタリーは馬腹を軽く蹴り、次の相手を探して馬を走らせた。
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