天十院寺博丸(乾酪)

結騎 了

#365日ショートショート 288

 男はついに、その館に辿り着いていた。

 政界のフィクサーと噂される、影の人物。指先一つで大企業の幹部を動かせるらしい。手を叩けば法案が成立するらしい。髭を撫でれば関税を通過できるらしい。そんな噂がまことしやかに流れる、天十院寺てんじゅういんじ博丸ひろまるという人物。明治に栄え、今や表向きには没落したとされる天十院寺家。その末裔は、強大な権力を保持したまま今もなお政界と財界を牛耳っているらしい。

 そんな、センセーショナルすぎる背景の持ち主。記者生命にかけて、絶対に見つけ出してみせる。

 男の決意は固く、何度も危ない橋を渡った。時には泥水をすすり、ネズミのように嗅ぎまわった。全てはスクープのため。全ては己のプライドのため。全ては社会正義のため。……天十院寺博丸を追うこと数年。ついに、彼がこの館に住んでいることを突き止めたのだ。

 丑の刻、裏口から敷地に忍び込んだ男は、木の陰に潜んでいた。さて、ここからどう探ろうか。

 しかし、それは一瞬の出来事だった。

 閃光、スポットライト。ぎゃん!ぎゃん!ぎゃん!と音が聞こえるような圧の光線。男の体は複数のスポットライトに照らされ、瞬く間にサングラスをかけた黒服の男たちに確保された。

「ようこそ、天十院寺の館へ」

 連れていかれた地下室。牢の向こうには、数人の男が横たわっていた。いや、餓死寸前か。虫の息で目を見開いている。いったいここは……。

「会わせろ!天十院寺博丸に!」

 そう叫ぶも、サングラスの男たちは笑って答えた。「馬鹿だなお前も。ほら、あいつらみたいに牢の中で生涯を終えるんだな」

「やめろ!やめろぉ!」

 必死の抵抗はむなしく、男は牢に放り込まれた。耳に刺す音を立て、錠が閉まる。リーダー格のサングラスの男が、口元を緩ませながら覗き込んだ。

「冥土の土産に教えてやる。この館はな、ネズミ捕りなんだ。政界人と財界人がお金を出し合って作った、お前のような奴を捕まえる、ネズミ捕りだよ」。サングラスの奥、その瞳はおそらく笑っていない。「天十院寺博丸というチーズは、美味しいそうだったろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天十院寺博丸(乾酪) 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説