第4話
世界が終わるその間際でも、僕は不安で怯えていた。
もしかしたら、次に目覚めるのは砂原さんが死んでしまった後の世界かもしれない。
砂原さんの馬乗りを回避した事で、チェックポイントがズレてしまった可能性は十分あった。
だから、見慣れた放課後の教室で、目の前に砂原さんが怖い顔をして立っているのを見つけた時、僕は思わず叫んでしまった。
「砂原さん!?」
それだけでなく、僕は嬉しくて嬉しくて嬉しく嬉しくて嬉しくて嬉しくて……。
もう本当に嬉しくて安心して感動して、思わず砂原さんに突撃して抱きついて泣き出してしまった。
「よがっだあああああ! 砂原さんがいぎでるよおおお!」
「な、なに!? ちょ、なんなの天野!?」
何も知らない砂原さんはそんな僕に驚いて、完全に硬直している。
「もう! 馬鹿! 砂原さんの馬鹿! 僕の机で一人エッチしてたの見られたくらいで死ぬ事ないじゃないか!?」
「ふぁああああ!?」
イキ戻りが成功した事が嬉しくて、そして砂原さんが生きてることが嬉しすぎて、ちょっと僕はおかしなテンションになってしまっていた。
砂原さんに正面から抱きついて、クールキャラのくせにはちゃめちゃに大きなおっぱいに顔を埋めて、顔をぐりぐりしながら思いきり砂原さんの事を抱きしめて、その全存在を全身で確かめる。
あぁ、女の子の身体ってこんなに柔らかいんだ。
あぁ、砂原さんってこんなに良い匂いがするんだ。
あぁ、おっぱいって最高だ。
オリジナルの世界では、砂原さんに馬乗りになってぐりぐりされただけなので、こんな風にしっかり抱きしめるの初めてだった。
世界の破滅がチラリと頭をよぎったけど、この程度ならセーフな気がした。
それよりも今は、砂原さんのおっぱいに埋もれて彼女の生存を喜びたかった。
「ちょ、やだ、意味わかんない!? やめ、やめて、やめてってば!?」
「ふごぉ!?」
真っ赤になった砂原さんの膝蹴りが相棒に突き刺さり、僕は使い古した雑巾みたいにべちゃりと床に崩れ落ちた。
腹の底から込み上げる重い痛みに吐きそうになるけど、まだギリギリ喜びの方が勝っている。
「なんなの天野!? 意味わかんない!」
「え、えへへ。ちょっと、色々」
引き攣った笑みを浮かべると、僕は砂原さんに言った。
「と、とにかくさ。この事は絶対誰にも言わないから。もし言ったら、僕の事殺してもいいから。だから、安心して。絶対に約束するから」
床に突っ伏し、痛みでぷるぷる震えながら、どうにか小指を立てて見せる。
そんな僕を、砂原さんは墜落したUFOから宇宙人が這い出してきたみたいな顔で見つめていた。
信じていいのか迷っている様子だった。
今までなら、聞く耳なんか全くなかったのに。
どうやら、僕の奇行が良い方向に働いたらしい。
「信じて。僕、こんな事で砂原さんの事を嫌いになったりしないから。一年の頃は色々あったけど、僕は結構砂原さんの事好きだったんだよ?」
恋愛感情はないけれど、それどころか、それ程仲が良かったわけでもなかったけれど。
それでも僕は、砂原さんに元クラスメイトとして特別な感情を持っていたらしい。
だって、砂原さんが自殺したと知った時、あんなにも悲しかったのだ。
沢山意地悪をされたけど、それだって別に嫌じゃなかった。
僕は見た目に反してエロガキで、この学校にだって女の子が多いからという理由で選んだ。
砂原さんみたいなおっぱいの大きな美少女に構って貰えるのなら、ちょっとした意地悪はご褒美みたいなものなのだ。
そういう友好的な気持ちが少しでも伝われば、砂原さんは安心して、口封じの馬乗りなんかしないのではないかと思った。
そしてその予想は当たっていたらしい。
僕の言葉が砂原さんの顏から不安の大半を押し流した。
砂原さんは教室の窓から見える夕日よりも赤くなって、泣き出しそうな顔になる。
そして、なにかとても大切で言いにくい事を切り出そうとするように口をパクパクさせて喉を鳴らした。
でも、結局それは言えなかったらしい。
溜息をついてなにかを諦めると、砂原さんは申し訳なさそうに謝った。
「……変な事して、ごめん」
「ううん、いいよ。僕も学校でしちゃう事結構あるし」
「あたしは別にいつもじゃないから!? 今日が初めて! 本当に、魔が差しただけっていうか……。天野が、変な本持ってるから……」
バツが悪そうに僕のせいにする砂原さんは物凄く可愛かった。
普段の怖さも、クールさも、格好よさも全然ない。
むしろ物凄く格好悪い、普通にダメな女の子な感じがした。
それが良かった。
ギャップ萌えって奴だろう。
「しょうがないよ。男の子なんだから。ていうか、なんで砂原さんは僕の机漁ってたの?」
「そ、それは……」
聞かない方が良かったかなと思いつつ、和やかな雰囲気だったので聞いてしまった。
僕の質問に、砂原さんは大げさにたじろいで、スカートのポケットに視線を向けた。
「ポッケになにか入ってるの?」
「入ってない!?」
大声で砂原さんが叫んだ。
鼓膜が吹き飛ぶような声だった。
絶対入ってる反応だったけど、聞ける雰囲気じゃない。
きっと、オモチャの虫でも入れるつもりだったのだろう。
砂原さんは意外にそういう子供っぽい悪戯をする子なのだ。
「わ、忘れ物して取りに戻ったら、あの本が落ちてたの! そ、それで、その、た、たまたまページが開いてて、それで、その……」
「ムラムラしちゃったんだ」
「天野ぉ!?」
言わないで! と言いたげに砂原さんがドン! と床を踏み鳴らす。
嘘だろうけど、そういう事にしておいた。
「ごめんごめん。とにかく、今日の事はなかった事にしよう。僕は砂原さんに会わなかったし、砂原さんも僕に会わなかった。明日からも、これまで通りの関係で」
「……友達って事?」
上目づかいで聞いてくる砂原さんに、僕は思わずキュンとした。
どうやら砂原さん的には、僕は友達だったらしい。
僕はそんな風には思ってなかったけど、砂原さんがそう思ってくれているならそれでいい。
「うん。明日も同じ友達で」
砂原さんがホッとしたように息をつく。
「……わかった」
呟くと、砂原さんは思い出したように聞いてきた。
「……さっきの、なんだったの? あたしが生きてたとか、死ぬとか」
落ち着いたら砂原さんも気になったのだろう。
でも、本当の事は言えない。
そんな話信じるわけがないし、仮に信じたとして、自分が自殺する話なんか聞きたくないだろう。
「そういう夢をみたんだ。妙にリアルな夢だったから、心配になっちゃって」
そういう事にしておいた。
そんな世界はどこにもない。
だから、夢と言ってもいいだろう。
「……もしかして、それで心配して来てくれたの?」
砂原さんが目を丸くする。
砂原さんは僕が不健全な漫画を取りに来た事を知らないから、誤解したらしい。
「まぁ、そんな感じ」
嘘だけど、そっちの方がかっこいいからそういう事にしておく。
「……そっか」
何故か砂原さんはまた泣きそうになり、ぐすりと鼻をすすった。
「じゃ、行くから」
砂原さんが教室を出て行った。
と思ったら、途中でも戻ってきて、入口から恥ずかしそうに顔を覗かせた。
そのまま、何も言わずにじっと僕の顔を見つめている。
「砂原さん?」
砂原さんは答えない。
どうしていいのか分からずに戸惑っていると、急に砂原さんは大きく深呼吸をして、速足で僕の前に戻ってきた。
「やっぱり嘘。本当は、これを入れようと思ってたの」
泣き出しそうな顔でポケットから取り出したのは、慌てて握りつぶしたみたいにくしゃくしゃになった封筒だった。
わけが分からず首を傾げる僕に、砂原さんはじれったそうにして叫ぶ。
「ラブレター!」
それでようやく僕も合点がいった。
「そっか。好きな子の机と間違えて僕の机漁っちゃったんだ」
「違う! 天野が好きなの!」
「……え?」
「え、じゃないよ! ずっとそういう態度見せてたでしょ? いい加減気づいてよ!?」
「そ、そんな事言われても……」
まさか、僕の上に座って来たり、消しゴムを交換したりが砂原さんの求愛行動だったなんて気付けるわけがない。
砂原さんもそれは分かっているのか、自分を恥じるような顔で俯いた。
「……ごめん。あたし、こんなんだから、全然素直になれなくて。意地悪ばっかりしちゃった」
ぽたぽたと、僕のつま先に砂原さんの涙が当たった。
「う、うぇ、えぐ、あたしみたいな意地悪な変態女、彼女になんかしたくないよね……」
ぐしぐしと泣きじゃくる砂原さんを見て、僕の中にこれまでになかった感情が湧き上がる。
「……そんな事ないよ」
砂原さんみたいな美少女が僕みたいなチビ助を好きになるなんて、これっぽっちも思ってなかった。
でも、こんなに必死に好きだなんて伝えられたら、僕の机でエッチな事をしてしまうくらい好きだなんて言われたら、そんなの好きになるに決まっている。
「僕は砂原さんみたいな意地悪でエッチな女の子、好きだよ。ていうか、好きになっちゃった。だから、僕なんかでよかったら……付き合って貰えませんか?」
砂原さんがハッとして顔を上げる。
そして、やっぱり言わなきゃよかったと後悔で歪んでいた顔が、真夏の太陽みたいに眩しく晴れ渡った。
「うん!」
砂原さんが乱暴に僕を抱きしめ、そのままの勢いでキスをした。
火傷しそうな程に熱くなった舌が口の中に入ってきて、僕はそれに応じた。
そしてこの物語はここで終わる。
ここから先は不健全な事になってしまうから。
折角彼女が出来たのに、やり直しになんてなったら困る。
―――――――――――――
完結させておいてなんなのですが、元女子校の設定が気に入ったので違う形でリメイクするかもしれません。
僕の机でイケナイ遊びをしている美少女に馬乗りで〇されたら世界が滅んだので、不健全な展開を回避してこの世界を救いたい。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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