第3話

 その日は朝から最悪だった。


 前日何度も砂原さんの馬乗りループを体験したせいで、僕は砂原さんと完全に不健全な事をする夢を見て、べっとりパンツを汚していた。


 発端となる最初の世界でも似たような事は起きていたけれど、その時は間一髪トイレに駆け込んで事なきを得ていたのに。


 僕は情けない気持ちでこっそりと洗面所に行き、パンツとパジャマを手洗いし、その現場を母親に見られてさらに情けなくなり、朝シャンをしてさっぱりした。


 お陰で遅刻しそうになって、急いで朝ごはんを食べている。


 その際中、リビングのテレビから聞き覚えのある名前が聞こえてきた。


 ニュースキャスターの話では、学校に行くために玄関を出た砂原さんは、そのまま自宅マンションの手すりから身を投げてしまったそうだ。


 僕の口から食べかけのパンが落ち、飲みかけの牛乳が入っていたお気に入りのマグカップが床に落ちて二つに割れた。


 お母さんの悲鳴がやけに遠く聞こえて、僕は食べたばかりの朝ごはんを膝の上に吐き出した。


 なんで?


 どうして?


 昨日の事がそんなにショックだったの?


 僕のせいである事は間違いない。


 だって、オリジナルの世界ではこんな事は起きなかったのだ。


 砂原さんはいつも通りに登校して、勘のいいクラスメイトに問い詰められている僕を連れ出し、自販機のある廊下の物陰に押し込むと、相棒をギュッと握りしめて絶対に言うなと念を押していた。


 あぁ、まさかこんな事になるなんて。


 僕が思っていたよりも、砂原さんはずっとナイーブで繊細な神経の持ち主だったらしい。


 僕に糾弾された事がショックで、罪悪感に押しつぶされてしまったのだろう。


 あるいは、僕の反応で口封じに失敗したと思い、恥ずかしい秘密が学校中に知れ渡ってしまう事を恐れたのかもしれない。


 美人でクールで格好いい砂原さんは、砂漠の狼なんて異名を与えられる程度にはみんなに一目置かれている特別な存在だ。


 それが僕みたいな冴えないモブ男子の机で不健全な事をしていたと知れたら、キャラ崩壊どころの騒ぎではない。


 これまで彼女が積み上げてきたイメージは崩れ去り、一気に最底辺のカーストに落ちるだろう。もしかしたら、女子の間では陰湿なイジメだってあるかもしれない。


 そういう色々を考えて、学校に行くくらいなら死んだ方がマシと思ってしまったのかもしれない。


 でも、だからって死ぬ事はないじゃないか。


 僕は絶対に誰にも言ったりしないのに。


 世界の破滅を防いだって、砂原さんが死んだらなんにもならない。


 別に僕は砂原さんに恋をしているとか、好きだとか、そんな感情は全くないけれど、世界を救う為に僕がこの手で砂原さんを犠牲にしたなんて、そんな重すぎる十字架は背負いたくない。


 とてもじゃないけど学校に行く気なんか起きず、僕は頭から布団を被って震えていた。


 直接手を下したわけではないけれど、僕が殺したのと同じ事なのだ。


 とんでもない事をしてしまった。


 それに、クソッタレな神様や上位存在とやらに、物凄く腹が立ってきた。


 不健全な事が起きたら簡単に世界を消す癖に、女の子が死ぬのはなんともないのだ。


 そんな理不尽な話はない。


 神様の馬鹿野郎! 人でなし! 鬼! 悪魔! 


 めそめそ泣きながらひとしきり神様を呪うと、僕は腐った匂いのする後悔の泥沼に深く沈んだ。


 どうしてこんな事になってしまったのか。


 他の方法だってあったはずなのに。


 出来る事なら、昨日に戻ってやり直したい……。


「やり直せばいいじゃないか!?」


 その事に思い至り、僕はベッドから飛び起きた。


 上手く行くかはわからない。


 砂原さんの馬乗りイベントを回避した事で、イキ戻りの能力が失われたり、セーブポイントが変わってしまっているかもしれない。


 だとしても、砂原さんの命がかかってるんだ。


 試すくらいの価値はある。


 そうと決まれば、僕は全裸になって往来に飛び出した。


 そしてここでは言えないような不健全な行為をしまくった。


 これで何も起きなかったらただの馬鹿だ。


 頭の病院に送られるか、少年院に入れられるかもしれない。


 でも、それでもいいと思った。


 砂原さんを殺してしまったのだから、その程度の罰は当然だ。


 それくらいじゃ全然足りないし生温いくらいだ。


 幸い、イキ戻りは発動したらしい。


 全てが夢であったように、世界が終わりを迎えていく。


 ざまぁみろ。


 こんな糞みたいな世界、神様が許したって僕が許してやるもんか。

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