静止した世界で⑥
正直、勇者に対しては何の情もない。頭のおかしい女くらいの認識しかない。むしろ、俺は一度こいつに殺されてるわけで、恨みはしても仲間意識なんて持つはずがない。今の俺の行動は、俺という人物の行動原理として破綻している。
神の見えざる手によって、俺の身体は操られているのか。それとは逆に、俺の身体が俺の意志を置き去りにして、意志を超越した何かに駆り出されている──それこそが“自由意志”なのか。
化け物の言葉がひっかかる。俺にとっての自由意志って何だ。
「愚かナ。身代わりのつもりですカ?」
その結果がこれか?
化け物は一瞬の躊躇もなく鎌を振り下ろす。きっと、それは俺の身体を貫通して勇者まで真っ二つにするだろう。そんなの初めから分かっていたことだ。無駄なんだ。そう、無駄。
結果として残るのは、ただの死。何のために生まれてきたのか分からない、存在意義すら残せない、ただひたすらに無意味な死。
俺はこの無意味さにずっと腹が立っていた。どうにかしたかったんだ。どうにかしたいのに、何もできなかった。死にたいほどに、何もできなかった。
「きゅいーん!」
「さようなラ…………ア?」
殺したいほどに、何もできなかった。自分に対して、環境に対して、ただ「死ね」と呟くだけの日々を送っていた。いつしかそれは、俺の癖として染み付いてしまっていたんだ。
「死ね……死ね……」
「何ですカ、それハ? 合体? 確率的な挙動にも限度がありますヨ」
「死ね……死ね……」
だからその癖を、やめる。多分、それが俺にとっての自由意志ってやつだから。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「あばッ……ぎャ!」
呟くだけじゃない。行動に移す。
自分も、この環境も、ぶっ殺す。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェ!」
「ぎュ……! ぎぃやァァァ!」
****
薄目を開け、窓の外を眺める。
光る街灯、時刻は夜か。ずっと座って寝ていたせいか、身体の節々が痛い。
どうやら俺は夜行バスで、どこかへ向かっているらしい。
「あと3時間くらいで着きますよ」
「……どこに?」
「次の“敵”のアジトです」
隣に座る女は眠そうに、うとうとしながら俺に告げる。
他の客も寝息をたてたり、寝返りをうったりしている。
「あれから……どうなった?」
「……」
女は囁くような声で「激しかったです」とだけ呟いた。
バスの揺れを感じながら、俺は再び外を眺める。退廃的なネオン街、点滅する電光掲示板。歪ながらも、そこには人々の営みがある。
ひっそりと、ゆるやかに、時間が流れていく。
俺はそっとカーテンを閉めて、再び眠りにつくことにした。
マジカルデストラクション 戸羽らい @LucyStripe
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