静止した世界で⑤
大地は割れ、空間は裂け、かつて人間の形をしていたものがそこかしこに散らばっている。その断面図は赤く、まるでルビーのように煌めいている。きっと、世界が動き出すと同時に、それらは醜く変貌を遂げるのだろう。一瞬の、いや、もしかしたら永遠の美しさがそこにはあった。
「私のユニーク・マジックはぁ」
パンッ!
「“地雷”って言ってぇ」
パンッ!
「物質の核となる部分を突いてあげることでぇ」
パンッ!
「こんなふうに空間ごと破裂させられるわけですよぉ!」
パンッ!
文字通り、大量虐殺。勇者を名乗るその女は動きの止まった人間たちを、次々と爆破してみせる。何故そんなことをするのか分からない。きっと、気がふれているのだろう。
彼女は奇妙な舞いを披露しながら、その力を思う存分に振りかざす。
「“敵”を倒すんじゃなかったのか?」
「倒しますよぉ。でも、その前にやることやらないと」
静止した繁華街。サイバーパンクな街並みはその景観を保ったまま、次々とパンクしていく。音のない世界で、ただ破裂音だけが響いている。まるで動画を一時停止して、そこに効果音とエフェクトを挿し込んでいるようだ。
パン! パン!と小気味良いリズムに合わせてマネキンのように人体が弾ける。
残酷だなぁ、と思うものの、どこかでその光景を俯瞰している自分がいた。対岸の火事と言うよりは、人間に踏み潰される蟻を眺めているような気持ち。
その死には何の意味もなく、ただなんとなく生まれて、なんとなく死んでいく。
「乱数調整みたいなものです」
「きゅいんきゅいんきゅいーん!」
「おや、分かりますか魔物さん。“敵”とのエンカウントには欠かせない行為なんですよねぇ」
「きゅいーん!」
破裂音に合わせて身体をくねらせるドブネズミ。
奇妙な光景だ。地獄が存在するならば、もしかしたらこんな感じかもしれない。
そして、地獄の使者とは──
「いい加減にしろ愚か者ォ! “決定”を乱すのはやめなさィ!」
こういうやつのことを言うんだろうな。
「おでましですねぇ」
真っ黒なコートに髑髏の仮面。異様に長い腕には異様に長い鎌が握られている。
死神を彷彿とさせるそのビジュアルからは禍々しいオーラを感じるが、これが“邪気”っつーやつか。
まず間違いなく人間ではない。魔族、その中でも珍しい部類の化け物。
「せっかくワタクシが不確定要素を取り除いたのに、あなたたちときたらァ!」
「……俺は関係ねぇ。この女が勝手にやってるだけだ」
謎の化け物は勇者様の奇行にご立腹らしい。ぶっちゃけ、俺まで巻き込まれたくない。
「関係ありますよォ! そうやって己の自由意志で口を動かしている時点であなたも反逆者ですゥ!」
「だってさ、マサキくん。私たち、反逆者なんですって」
「何に反逆してんの俺ら?」
「それは勿論──魔王ですよ!」
パンッ!
勇者は予備動作なしで、化け物の顔面を破裂させる──が、破裂音が響いただけで髑髏の仮面にはヒビひとつ入っていない。
傍目から見たら、攻撃魔法と防御魔法の応酬。だが、魔法言語の詠唱だとか、魔法陣の構築だとか、そういったプログラムの基礎概念はこいつらにはないらしい。それが、魔族というやつか。
「あなたはコインを投げタ。しかし裏が出ることはあらかじめ決まっていタ」
「ふーん」
「ワタクシの魔法はありとあらゆる確率を無視しまス。それが、“決定”の力」
「じゃあ最大火力でいきますね。マサキくんときゅーちゃん、ちょっと離れていてください」
「きゅーちゃんってこのドブネズミのことか?」
嫌な予感を感じた俺はドブネズミを抱えて走る。
後方で「ズガァン!」と大きな音が鳴り、振り返ると──
「愚か者はその愚かさ故に、万物の流れに抗おうとするのでス」
棒立ちのままフリーズした勇者様。
ツーサイドアップは揺れたまま、スーツの裾はめくれたまま、彼女は静止画の如く固まっている。
「いい加減、物質としての自覚を持ってくださイ!」
化け物は鎌を振りかざす。今にも命を刈りとらんと、その腕に力を込める。
一瞬先の未来が視えた。それは決められた未来を覗く予知なんかじゃなく、起こり得る事態を予測するだけの単なる想像。事実情報による逆算。
頭の中で弾き出される“彼女の末路”に、俺は恐れを抱いた。
次の瞬間、俺は彼女に向かって走り出していた。
自分の行動に違和感を覚える間もなく、ただ走った。
「きゅいんきゅいんきゅいんきゅいーん!」
腕の中ではドブネズミが鳴いている。それはまるで警報のように、止まれと叫ぶクラクションのように俺の脳に危険信号を送る。
それでも俺は何故だか、赤信号を突っ走った。
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