静止した世界で④
魔法にもきちんと理論がある。建物に設計図があるように、世界にもちゃんと構造があって、その構造を応用したものが魔法だ。ひと昔前は「魔法現象は世界のバグ」と言われていたが、研究が進むにつれて「仕様」だという認識が広まった。
物質を構成する要素、原子や分子などは全て「魔粒子」が基となっている。魔粒子は世界を形作るプログラムのようなもので、その組み合わせにより全てが成り立っている。
魔粒子にアプローチし、物質の構成を書き換えることを「魔法」と呼び、魔族を始め、魔法に適性のある者は技術としてそれを習得している。
が、魔法だって何でもありじゃない。何でもありかもしれないが、その領域まで生物は達していない。
世界そのものを静止させるなんて魔法、存在しないはずだ。だってそれは、広大な海を一滴ずつ濾過するようなものだから。
「これが魔法だっつーのか?」
「それ以外に何が? 世界全体がバグってフリーズしたとでも言うんですか?」
「そっちの方がまだありえるわ。個人の手によって行われているとは思えねえ」
「“マクロ”ならありえますけどね」
「はあ?」
「あなたが認識してる魔法って、“ミクロ”ですよね。“マクロ”なら、自動的に、全体的に、世界構成に影響を及ぼすことが可能です」
「なんだそれ?」
「たとえばぁ──」
女は両手を広げ、不敵な笑みを浮かべる。
「昔って、空は青かったじゃないですか。でも、ある日を境に灰色になってしまった」
「灰色どころかちょっと黄色いけどな」
「あれって、空を構成していた魔粒子が書き換えられちゃったからなんですよ」
「いや、だからな。魔粒子を弄っただけじゃ、部分的に変わるだけで」
「うーん……なんて説明すればいいんだろ」
広げていた手の片方を腰に、もう片方を頬にあて、いかにも悩んでいるポーズを取る。口元を尖らせ、不満そうな態度で。
「そうですね。確かに海に絵の具を垂らしても、海全体を染めることはできない。でも、染まるポイントは確かに存在していて……」
「よく分からねーが、そんなことが可能なら世界はとっくにめちゃくちゃになってねーか?」
「はい。めちゃくちゃになっててもおかしくないです」
再び両手を広げ、女は語る。
「だから救うんです。この世界を。悪しき魔族に乗っ取られる前に、なんとしても」
女は真顔で「それが私の使命ですから」と付け加える。
俺も真顔で「でも既に魔王に支配されてるじゃん」と水を差す。
女は真顔で「それはあくまで政治的な話でしょう。世界の構成を支配しているわけじゃない」と答える。
俺は真顔で「いやもう支配されてね? 色々と止まってるし」と固いベッドをぱんぱんと叩く。
女は目を細め、口元に笑みを浮かべながら、「そうでした」と手をぽんと叩く。
「どうしてあなたは動けるんですか? あなたが元凶かと思ったら違うみたいですし、“敵”の仲間? それにしては邪気がない」
「なんだよ邪気って……。俺は通りすがりの一般人だよ」
「一般人が“敵”の干渉を受けないなんてありえないんですけどねぇ」
目線を俺から逸らし、明後日の方向を見つめながら、「自己紹介がまだでしたね」と女は呟く。ツーサイドアップが小さく揺れる。
「私は勇者のゆうてゃです。気軽にゆうてゃと呼んでください」
「いや勇者って呼ぶわ」
「あなたの名前は? ナメクジとかですか?」
「何でだよ……。ナナハラマサキ。マサキでいい」
「ではマサキくん、あなたは私と同行してもらいます。静止した世界で唯一動ける人間、きっと何かあると思うんです。もしかしたら、“敵”への対抗手段になり得るかも」
「その“敵”って何だ? 魔王のことか?」
「“敵”は“敵”です。そのままの意味です」
「はぁ?」
状況を上手く飲み込めないまま、俺は勇者を名乗る女と行動を共にすることになった。
どちらにせよ、世界がこの調子じゃあ何もできない。一人の心細さは理解しているつもりだから、せめて世界が元に戻るまでの間、こいつに付き合うのも悪い選択肢ではねえよなって自分を納得させている。
もはや、どうにでもなれ。
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