もうどうでもいいんだけど



 遠くからやってくる二人は手を繋いでいた。遠目でも二人がこの寒さにも関わらず顔を紅潮させ、ヒジリは一つにまとめた髪にやや乱れが目立ち、街灯が額の汗を反射させているのが見えた。さっきまで「やってました!」という風な生々しい雰囲気だ。俺が正面に立っているのに気が付くと、ハッと手を離した。韻の者に属する俺は雰囲気を自在に消せるのだ。


「クボッキー」


 ゴウが親しげに声を掛けてきた。素直に嬉しそうな声だ。俺はズボンに手を突っ込んで、二人のいく道を塞ぐようにして立った。目は合わせられなかった。俺は二人がキスを交わし、制服を着たままヤってる所を思わず思い浮かべ、何なんだよ、と思った。


「学校はディズニーランドじゃねえし、ラブホでもねえ」


 俺は自然とぶっきら棒になった。


「お前達噂になってんぞ、いい加減にしねーと停学だから」


「なによ」


 ヒジリが初めて俺に対して口を利いた。


「何か証拠でもある訳?」


「テメーに言ってんじゃねーんだよこのヤリマンが!」


「おい」


 サッと顔を強張らせたヒジリと俺の間に穏やかなゴウの声が間に入った。


「人の彼女をヤリマンとか呼ぶんじゃないよ」


 ヒジリはキツく唇を噛み締めて、俺を睨んだ。それから俺の後ろのベンチに座っているであろうコガに気付いたのか、俺の背後に視線を向けた。


「おチビちゃん、どうしてこんな奴と一緒にいるの?」


 俺も振り返ると、所在なさそうにこちらに視線を向けたまま苦笑いをして小さく会釈をするコガが見えた。会釈ってお前。……なあ?


「コガが教えてくれたんだよ。お前たちがアーチェリー部でやってるってさ」


「ちょっと!」


 コガが大きな声を出して慌ててこっちにやっと来た。俺はコガを部外者のままではいさせない。


「違うの、そうじゃないの」


 コガがワタワタと弁明を始めた。コガとヒジリが二人いる絵っていうのも珍しいが、スラリと長身のヒジリに比べると、コガは小動物みたいだった。ゴウとヒジリは驚いた顔をして言い訳を聞いていた。クラスで噂になってて、でもそんな訳ないってクボッキーと話をしてたんだけど、なんかほら、前に停学になって結局学校を辞めちゃった●君もそういうのがきっかけだって噂もあったし、万が一の事があったらいけないから、クボッキーはほら友達も少ないし、って言ってもあたしも友達はそんなにいないけど、もしかしたら本当かも知れないし、云々かんぬん、云々かんぬん。


「それはそれは、随分とお気に掛けていただきまして」


 ゴウがいつまでも埒が開かないコガの言い訳に口を挟んだ。


「でも俺たちは本当に何もやってない。誤解だ。誓って、二人で勉強してただけだよ。その誤解がいらん噂の元になってたら迂闊だったと思う。反省する。これから気を付ける。教えてありがとう、クボ夫妻」


「政治家かお前は」


 俺はクボ夫妻と呼ばれた事に何となく腹が立って、嫌な言い方をした。


「悪いけど、お前たちがバチコンはめ込んでるのはこちとらお見通しなんだわ」


 俺は中腰で、友人から借りたエロビデオで見た男優の立ちバックの腰使いを再現した。窓越しに聞いた二人の呻き声聞こえの再現付きで。隣でコガが大きな舌打ちをし、顔を抑えて俯いた。多分俺のことをアホだと思っているのだろう。死ねよマジで、とコガの小さい声が聞こえたから、アホだというより死んで欲しいと思っていたのだろう。


「悪いけど、先バス乗っててくれるか」


 俺のダイナミックな腰使いに感銘を受けたのか、ゴウがヒジリに促した。ヒジリはこの世のありとあらゆる汚物を一箇所に集めた便所を眺めるような目付きで俺を睨みつけていたが、ゴウに何度か促されるとツカツカとローファーの底を鳴らして俺とコガの脇を通り過ぎて行った。


「どうよ俺のこの腰使い! 早すぎてスローに見えないか?」


 俺がそのヒジリの後ろ姿に罵声を浴びせると、コガの本気のパンチが肩に飛んできた。


「もう、馬鹿じゃないの? あたしも先帰るから」


 ドスの効いた小声で俺にそう宣言すると、一旦ヒジリの後を追いかけようとして身を翻したが、思い直したようにまた戻ってきて、もう一度重たい本気のパンチを俺の肩に食らわせてからヒジリの後を追った。


「痛えなぁ、ちきしょう……」


 俺は想像以上のコガパンチの破壊力に腕を抑えてしょぼくれた。まあいい。これでゴウと二人きりになれた訳だ。こいつには色々と聞きたい事がある。

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人として軸がブレてんだ 江戸川台ルーペ @cosmo0912

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