バケツの穴

結騎 了

#365日ショートショート 287

 汲んでは、隣にこぼし。汲んでは、隣にこぼし。汲んでは、隣にこぼし。しかし、落ちるのは水滴のみである。

 ……なにをやっているんだい。

 尋ねられた女は、井戸を見やってから答えた。

「水を汲んでいるのよ、このバケツで」

 よく見ると、バケツの底には大きな穴が空いていた。

 ……どうぞ、このバケツを使ってくれ。

 女は差し出されたバケツを受け取った。試しに一度、井戸から汲み、すぐ横の地面にこぼす。

 じゃああああ。先程とは水の量が比べものにならない。

 ……ほら、こっちの方が良いでしょう?

「もう、最悪だわ」。女の顔は後悔に満ちていた。「水が跳ねるから、お洋服が濡れちゃったじゃないの」

 しれっと、女は元のバケツに持ち替えた。汲む。バケツの底の穴は、井戸水をそのまま井戸に戻した。

 女は、濡れない洋服を満足げに見つめながら、水を汲み続けた。しかし、落ちるのは水滴のみである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バケツの穴 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ