蕭何、韓信を追う、韓信、國士無双なり

 韓信かんしんはしばしば蕭何しょうかと語り、蕭何は韓信を奇としました。


 漢王が南鄭なんていにいたると、諸將と士卒はみな歌謳かおうして東に帰ることを思い、道ににげるものが多くおりました。韓信は蕭何等がすでにしばしば王に言上したのに、漢王が我をもちいないことをはかり、そこでにげました。


 蕭何は韓信がにげたのを聞き、そのことをぶんする(報告する)におよばないで、みずから韓信を追いました。


 人に言上するものがあって申しました。


丞相じょうしょう・蕭何がにげました。」


 漢王は大いに怒り、左右の手を失ったようでした。


 一、二日たって、蕭何が漢王に來謁らいえつしました。


 漢王はかつ怒りかつ喜びて、蕭何を罵しりておっしゃいました。


なんじがにぐるは、どうしてだったのだ?」


 蕭何が申しました。


「臣はあえてにげてはいません、臣はにげるものを追いました。」


 王はおっしゃいました。


なんじの追うところのものは誰だったのだ?」


 蕭何は申し上げました。


「韓信にございます。」


 漢王はまた罵りておっしゃいました。


「諸將のにげるものは、十をもって数える、しかし公は追うところがなかった。韓信を追ったというは、いつわりであろう」


 蕭何は申し上げました。


「諸將はえやすいからです。韓信のごときものにいたっては、國士無双(國家の奇士という意味)でございます。


 王がきっと漢中かんちゅうに王たること長からんとのぞまれるなら、韓信をこと(必要)とするところはありません、きっと天下をあらそおうとのぞまれるのならば、韓信でなければともにことを計るところのものはございませんのです。考えますに、王のさくがどこに決するかだけです!」


 漢王はおっしゃいました。


「吾れもまた東(東征)せんと欲しているのだ、どうして鬱鬱として久しくここにおることができようか!」


 蕭何は申しました。


「王の計は必ず東せん(東征しよう)と欲せられるでしょう、ならばよく韓信をもちいられよ、信はそうすればとどまります。信をもちいることができなければ、韓信はいににげるだけにございます。」


 漢王はおっしゃいました。


「吾れは公がために韓信をもって將としよう。」


 蕭何は申しました。


「將となすといえども、韓信は留りません。」


 漢王はおっしゃいました。


「韓信をもって大將となす。」


 蕭何は申し上げました。


幸甚こうじんなり!」


 ここにおいて漢王は韓信を召してこれを拜そうとされました。


 蕭何は申し上げました。


「王はもとより慢にして礼がございません。今、大將を拜するに、小兒しょうじ(子供)を呼ぶがごときです、これはつまり韓信の去った理由にございます。


 王がきっと韓信を拜そうとされるなら、良き日をえらび、齋戒さいかいし、壇場だんじょうを設け、禮を具える、そうすればよろしいのです。」


 王はこれを許されました。


 諸將はみな喜び、人人、おのおのみずからが大將をえるとおもいました。


 大將を拜するにいたれば、韓信でした、一軍、みな驚きました。


 韓信かんしんは拜禮がおわると、坐にのぼりました。


 漢王はおっしゃいました。


「丞相(蕭何)は何度も將軍のことをいった。將軍は何をもって寡人かじん(漢王)に計策けいさくを教えるか?」


 韓信は謝し、そして漢王に問うて申しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る